ジビエをもっと、あなたらしく。
ジビエを食べる人、つくる人、届ける人。 すべての人に、エールを。
エゾシカ解体日誌(あかりんご)

【第3話】人生初、鹿の解体。

このコラムについて

大学を卒業し鹿肉で起業した24歳のあかりんご。ひょんなことから北海道の鹿解体施設で鹿を捌きまくることになり、大阪から単身で北海道へ。彼女は一体、北海道で何を思う…。

前回のあらすじ:北海道の鹿肉の美味しさに驚きを隠せないあかりんご。その由来を探ろうとついに解体現場へ。解体を習ったあかりんごは、自分の手で解体を始める。

【第2話】北海道の鹿肉がうますぎる このコラムについて 大学を卒業し鹿肉で起業した24歳のあかりんご。ひょんなことから北海道の鹿解体施設で鹿を捌きまくることになり、大阪か...

このコラムでは、狩猟や鹿の解体に関する内容・写真が含まれます。ご留意ください。

鹿が来た!

先生に解体を教えてもらった私は、寝る間も惜しんで流れを覚えた。
イメージトレーニングでは完璧な状態で迎えた朝。

ガラガラガラ!!!

ビクッ!!!!

シャッターを開く音は聞き慣れず、肩がびっくりした。

あかりんご

鹿が来た!
鹿が来たぞ!


心の中ではサイレンが鳴り響き、臨戦体制となった。

ハンターさんのトラックの上には、鹿が横たわっていた。

先生

嬉しそうだねぇ

あかりんご

解体させていただきありがとうございますでございます候

1つのことしか考えられない頭はもう解体のことでいっぱいだった。

トラックから鹿が降ろされる。
首はだらんとしている。

降ろされた鹿からは、血が漏れていた。
出所を探すと、胴体には穴が1つ、ぽっかりと空いていた。

どの穴はどこまでも、どこまでも続いていそうで、目を逸らせなくなる。

先生

りんごちゃん、それこっち

先生の言葉ではっと我に返った。
足を持って解体施設の中まで引っ張る。

角はない。
メスの鹿のようだ。

目は開いているけど光はない。
思わず目が合う。
口元は、ゆるやかに口角があがり、微笑んでいるようだった。

今からこの子を捌くんだ。
昨晩詰め込んだ解体のイメージトレーニングは、その鹿を前に全て吹っ飛んだ。

鹿の惑星と玉付きナイフ

緊張した面持ちで、ホースを持った。
まず鹿の身体をよく洗う。

表面の毛皮をよく見ると、宿主が息絶えたことにパニック状態のマダニなどが右往左往している。

「やべ〜!!!宿主の生気が感じられへん!!」
「他の生きてる哺乳類探せ〜!!」

こう言っているようだった。
森の中に生態系があるように、鹿の身体にも1つの惑星があるんだろうな。

鹿の手先を持って、関節と思われる場所にナイフを入れる。
関節周りのスジを完全に切り離すことができれば、ねじった時にパキッという音がする。

切って、切って、はいスジ切って…
ねじる!

ばいーーーん!

一つでもスジが残っていれば、力を入れても跳ね返されてしまう。
案の定、ねじっても曲げても、期待する音は鳴らなかった。

ナイフで何度も切りつけるから、手先の皮がボロボロになっていく。
ゴリゴリ。

ナイフも痛がっている気がした。
誰に気を遣っているかも分からず、変に気まずくなったその時。

パキッ!!!

なんとか足の関節が鳴り、最後に少しだけナイフで切った。

あかりんご

は、外れた…!!!

足の方も同じように、先を外していく。
鹿とプロレスをするように取っ組み合いながら何とか手足の先を外した。

次に、足の先から股にかけて、玉付きナイフで裂いていく。

玉付きナイフとは先の尖が玉になっていて切れないようになっているナイフ。
膜を切るときに他の臓器を傷つけないよう、こんな形になっている。
普通のナイフとは違い、ころんとした形が可愛い。

玉付きナイフは、びっくりするくらいスーーッと切れる。

あかりんご

スゥーーー

調子に乗ってスゥーなんて言っていたら、案の定失敗した。
毛皮を通り越して、もも肉まで切ってしまっていた!

ナイフを入れる角度が深すぎると、もも肉まで刃が当たって傷ついてしまうのだ。
隠したいと思って切ってしまったところを手で撫でる。

先生

りんごちゃん、やっちゃったね?

あかりんご

ごめんなさい。

なんでもお見通しの先生。す、すげぇ。
そして鹿さん、ごめん…!
次への反省にすると心に誓い、切り替えよう。

グィィィィン

ハンガーに足を引っ掛けてつるす。
ウインチで釣り上げる音が解体所の中で妙に浮いて聞こえた。

ある程度の高さまで吊り上げ、しっぽを取った。
次に玉付きナイフでお腹を一直線に裂く。
…が、首元あたりでナイフが止まってしまう。

下へ向けてナイフを動かすも…

だるんだるん

力を入れても、皮がたるんで全く切れない。
それを見かねた先生がやってきてアドバイスをくれた。

先生

ほらほら、左手が暇してるよ

あかりんご

ぬっ!
右手がこんなに頑張ってるのに!暇だとは!左手!コラ!

首元の皮を左手で持ってしっかり引っ張ると、顎下まで一気に裂けた。

次に裂け目から背中側へと毛皮を剥いでいく。
首元の側面までナイフを入れるのだが…

ボタボタボタ!

頸動脈という、首にある太い血管にナイフが当たったのだろう。
血が一気に滴り落ち、地面が赤黒く染まった

体操座りと折れたナイフ

背中側に回る。
毛皮の端を持ち、自分の体重を利用して皮を引っ張る。
しっかり握って、力いっぱい、引き下げ…

ビリビリ!!!
すってんころりん!!!

一瞬何が起きたのか分からず状況を確認すると、私は体育座りをして解体所の隅に収まっていた。

先生

りんごちゃん!?なんで体操座りしてるの!?

あかりんご

ワカラナイデス

皮を引っ張った時に勢い余って尻餅をついてしまったようだ。
奇跡的にノーダメージだったが、なぜ丁寧な体操座りをしたのかは分からない。

気を取り直して…
左右の前足と頭部を外したあと、鹿のお腹側に回る。
腹膜(ふくまく)に穴を開けて、玉付き包丁でサッと裂いていく。

どぅるん!!!!

切った途端、内臓がでろっと落ちてきた。
そのままこぼれ落ちそうだったが、腹腔(ふくくう)との膜でなんとかぶら下がっている。

あったかい。
鹿の平熱は40度近くあり、人間よりもかなり熱い。
さっきまで生きていたんだ。

胃腸を取り出すと、腹腔は空っぽになった。
ハラミとサガリをとっていく。

あかりんご

ここの部位、焼き肉にしたら美味しかったなぁ

ハラミ、すなわち横隔膜を取ると、そこには胸腔が待っていた。
ここには心臓と肺が入っているが、その姿は見えない。

胸に猟銃の弾が貫通したのか、胸腔は血の海になっていた。

中に血が溜まっているので、ナイフを当てている位置がわからず、切るべき筋が切れているのかわからない。
ブラックボックスの中をイメージしながらナイフを動かす。

次に食道と気管を一緒に持って、引っ張っていく。

あかりんご

フンッ!!!!!

それでも肺は、抜けません。
おばあさんと孫、犬も引き連れて一緒に引っ張ってもらいたかったが、あいにく自分しかいない。

もう一度ナイフを入れて奥までスジを切ってみる。
グッと引っ張ると、プチプチという感覚の後、一気に軽くなった。

あかりんご

取れた!!!!!

ヒレとロースを取ったら、腰のあたりで脊椎を切る。
骨を切ることはできないので、脊髄やその周りのスジをナイフで切っていく。
周りから攻めるとはこのこと。

ナイフを骨にあてていくと、骨の中に柔らかい組織がある。
ここにぐっとナイフを入れる。
いい感じ。

キリキリという音とともに、脊髄が切れる。
あとは、そのナイフを外側に向けて左右に切っていく。
ええ感じ。
オーライ、オーライ…

パキッ!!!!

あかりんご

ん?

先生

ん?

あかりんご

ん?

先生

やっちゃった音がしたね

あかりんご

ん?

脊椎の間からナイフを抜き取り、刃先を見ると、なんと先がなかった。
どうやら脊椎の間で折れてしまったらしい。

あかりんご

はっ、包丁がっ、包丁がっ、あっ

先生

落ち着きなはれ

先生は折れた包丁を持って、床に何度か擦ったあと、砥石で研ぎ始めた。

しゅりしゅりしゅりしゅり…
申し訳ない気持ちが膨らんでいく。

先生

包丁と仲直りしときや

あかりんご

ありがとうございます

先生から手渡されたナイフの刃先を見ると、先が丸くなっていた。
折れた部分を丸く研ぎ直してくれたのだ。

先の丸いナイフで、もも肉を股関節から外していく。
股関節の骨の形が分からず、肉を傷つけてボロボロにしてしまったが、なんとか取り外すことができた。

先生

初めてにしては、よく頑張ったね

あかりんご

もっと褒めてください

先生

…。

それでええんよ

心地いい疲労感に包まれながら、その日の作業は終了した。
先生のサポートもあり、トラブル続きだった人生初の解体は事故なく終えることができた。
外はいつの間にか暗くなっていた。

まだ興奮冷めやらぬ熱い手で、車のエンジンをかける。

獣を解体すること。
禁忌を犯したような気持ちがした。
その裏腹、興奮して生物としての喜びを感じている自分もいた。

複雑な気持ちだった。
嬉しいけど後めたい、楽しいけど怖い、美しいけど恐ろしい…。

電灯もない、暗い夜道を走る。

矛盾した気持ちを体現するかのように、帰路にはうっすら白い霧が漂っている。
霧は次第に濃くなって、わたしにまとわりつくように渦巻いていた。

地面が浮いてゆらゆら向かってくるような、変な感覚だった。

「そう感じたなら、それでええんよ」

そうか、わたしはわたしなりに、鹿と向き合えばいいんだ。

脈絡もなく思考が頭の中をめぐる。
帰ったらまた復習だ。

ハイビームをつけると、道の先までよく見えた。

わたしは霧を払うように、アクセルを踏んだ。

続くー

ABOUT ME
あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。