ーこれは、あかりんご(@akaringo252588)という1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー
学祭で成功を収めたあかりんご(https://twitter.com/akaringo252588)。そしてあかりんごは次なるステージへと歩み始めていた。
9-1
私は学祭の次の日、一枚の名刺を見つめていました。
実は私は学祭の出店している最中、あるイベントの企画をお客さんとして来ていた方から受けたのです。
それは、神戸ハーバーランドmosaicでイベントをしないか?という事でした。
学祭の途中で目まぐるしく忙しかった事もあり、その時は名刺をもらって軽く説明を聞いただけでしたが、神戸ハーバーランドは大きな商業施設です。
これはジビエをいろいろな人に食べてもらうチャンスだと、私は意気込みました。
名刺をギュッと握りしめ、私は名刺に書いてある電話番号に電話をしました。
数回のやり取りで、まずは会って話をしてみようということになります。
約束の日は少し先で、それまでに企画を練っておいて欲しいということでした。
私はウキウキして企画を考え始めました。
まだ未熟なこの頃の私は、獣害被害をジビエとともに伝えなければという使命感がありました。
もっといろいろな人に山の現状を知らしめなければ、という焦りすらあったと思います。
ジビエを食べる人と一緒に考えれば、何か答えが見つかるはずだと思っていたのです。
神戸ハーバーランドでイベントをやるということは、それだけ獣害を伝えるチャンスも増えると意気込んでいた私。
そこで私が考えたのが、樹皮剥ぎローストディアーでした。
当時、私なりに勉強する中で鹿が樹皮を剥いで食べてしまうことが林業や生態系に影響を与えているということを知ったためこのような案が出たのでした。
これは木の木目が描いてある飾りの周りにローストディアーを並べ、お客さんがそれを剥がしていくとそれが樹皮剥ぎに見えるのでは?
値段も、現在の獣害被害額と似たような数字にすればいいのではないか?
私はイメージ図まで描いて、この考えを自慢げに周りに言いふらしていました。
これなら絶対いける!!
そんな根拠のない自信を掲げたまま、秋晴れの帰り道を歩いていたその時。
ヴーッ。
メールの通知が来たと、スマホの画面を確認すると、そこにはある教授の名前が書いてありました。
件名は、ジビエイベントの件について。
「あかりんご さん
少しお話ししたいことがあるので、私の研究室に来てくれませんか?」
秋晴れの空で笑っていた太陽は、いつの間にか黒い雲に覆われています。
一雨来そうだな…と言う学生たちを横目に見ながら、私はそのメールに了解する旨を返事しました。
どこから話が回ったのだろう。
なんだか嫌な予感がする中、私は恐る恐る教授の部屋にいきました。
9-2
「言いたいことはいろいろありますが…
まず、獣害問題の背景などを十分理解せずに、狩猟などに関わるイベントを軽々しく行うと猟師の方々に迷惑がかかります。」
メイワクがかかります、という輪郭のはっきりした鋭い声は部屋の隅々まで届いているようでした。
ガツンと頭を殴られたように、私の思考は停止してしまいました。
「日本は狩猟に対する社会的な認知ができていないのが現状です。
獣害、そしてそれを対策するための狩猟などを扱うのであれば、なぜ野生動物を殺すのかという根本的な説明が必要で…」
教授の正論を真正面から受けながら、その部屋では私の浅はかな考えだけがどんどん浮き彫られていきました。
私は自分が惨めになり、前言撤回してジビエのことなんてもうしませんと言い切り逃げてしまおうとも想像しました。
ですがそんな度胸もなく、教授の話は続きました。
「自己満足のイベントでは、得るものはありません。
…あなた、もっと勉強した方がいいよ。」
どうやって部屋から出たのかも思い出せませんが、私は這うような気持ちで廊下を歩いていました。
(メイワク・・・ジコマンゾク・・・)
教授から受けた言葉が、ぐるぐると頭の中を回っています。
悪いのは全て私でした。
ただ私も狩猟やジビエのイメージを悪くしようと思って活動していたわけではありません。
自分がやろうとしていたことが、自己満足で、もしかするとジビエや狩猟の名を汚してしまうものだったというその事実に、ハッと気付いたのです。
私はそれからしばらく、ジビエのことを考えるのが嫌になりました。
何を考えていても、それはあなたの自己満足でしょ?という問いがやって来るのです。
(迷惑がかかる猟師さんって誰だ・・・?自己満足・・・自己満足で何が悪いんだ・・・?)
半分病んでいるようなメンタルで、かといって勉強するモチベーションもないまま時が過ぎていきました。
9-3
「そんなに賢いなら、賢い人が自分でイベントやればいいと思わへん!?」
落ち込んでいた気持ちはいつしか怒りに代わり、私はお酒を飲みながら同期のS田に愚痴を言っていました。
やはり狩猟や獣害についての知識はすぐ身につくものではありません。
少しは勉強を始めていた私ですが、すぐに教授の知識と比べてしまい自分をちっぽけに感じていました。
そして私は自分より深い獣害や野生動物の知識を持っている人がイベントをやったらいいのだと投げやりになっていました。
「わざわざ私がやる必要ないって分かったし…
私が活動することで猟師さんに迷惑がかかる事も分かったし…
私もうジビエの活動やめよかな。」
半分泣きそうになりながら気の抜けたビールを流し込む私の話を、S田はじっと聞いていました。
そしてS田は静かに口を開きます。
「でも、頭いい人でもまだパワーが足りないから、あかりんごが獣害の問題に出会って、ジビエの活動を始めたんやろ?」
私はビールをもう一杯頼もうとベルに伸ばした手を止め、言われた言葉を酔った頭で反芻しました。
S田は続けます。
「あかりんごより頭が良い人はたくさんいる。
そしてその人たちも、ジビエや狩猟についての活動をしているのかもしれへん。
けれどその活動は少なくともあかりんごの耳には入っていなかったし、だからこそまだその問題が問題として残ってるんやろ?
…つまり!!」
S田は持っていた箸で皿の箸をカンカン!と叩いて得意げに胸を張った。
「わざわざあかりんごが、ジビエの活動をする意味は…ある!!」
ストン。
心に突っかかってモヤモヤしていて何だか悲しくて悔しい塊が、スッと綺麗に落ちた音がしました。
なるほど。
おそらく知識で比べると、私は教授に敵わない。
けれど大学生で畜産に興味を持っていて、鹿肉のことをかっこいいと思っているけれど今は知識がそんなに無い私だからこそ伝えられるものは必ずある。
「あかりんごは、ジビエの活動を通して何を成し遂げたいん?」
S田はまっすぐ私を見つめて尋ねました。
鹿をもっとカッコ良くしたい…。
獣害の犯人で、価値のない動物って思われている鹿を、もっとカッコ良くしたい。
「そのために、獣害って必要あるん?」
「それは…」
私は飲み干したビールと机に並んだ料理たちを見つめました。
「あかりんごは、この砂ずりとかビール、美味しいから注文したんやろ?
ほんで話すの楽しいから居酒屋来たんやろ?
それで食べられる鳥とかビールって、皆の笑顔に囲まれて、カッコいいんちゃうん?
もしこの砂ずりを取った鳥が獣害の犯人で…って言われたら、どう?
鹿をカッコ良くするために、お客さんに獣害のこと絶対知ってもらう必要無いんちゃう?」
その時感じたのは、教授の話を聞いて頭を殴られたという感覚ではありませんでした。
S田と一緒に高層タワーのエレベーターでどんどん上がっていくような、そんな感覚でした。
今まで見えていなかったものが、どんどん見えていきます。
急に高いところから見えた景色に動揺しながらも、私は必死に頭を動かしました。
「人は楽しくて美味しくて、好きなところに集まっていくんや」
そう言って笑うS田。
なんだかアイデアがたくさん浮かんでくるような気がして、どんどん飲みたい気分でした。
私はお代わりしたビールのジョッキを掴んで、S田の持っているグラスにぶつけました。
カキン!!
良い音が響いて、ジョッキの中のビールからはサーッと音を立て無数に泡の粒が上がりました。
ーまだ、鹿は獲れていないー