ーこれは、あかりんご(@akaringo252588)という1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー
あかりんごは農業ボランティアのサークルで新プロジェクトを立ち上げることになった。新しく入った新入生に対して新プロジェクトの説明をすることになり突貫でプレゼン資料を用意したあかりんごだったが、新入生の反応は…
4-1
ジャンパーを着ようか着まいか悩んだ末、私はそれを脇に抱えてキャンパスを移動していました。
サーッと風が吹き、ひらひらとピンク色の花びらが散ります。
桜の木を見上げると、そこには新緑が少しだけ顔を出していました。
私は大学2年生になり、農学部の専門キャンパスから1回生が教養の授業などを行っているキャンパスへと向かっていたのです。
スマホに保存したプレゼン資料をチェックしながら、3分のプレゼンの内容を反復して準備をします。
教室に着くと、そこには50人くらいの新入生が集まっています。
私が所属していた農業サークルはここ3年ほどで入会者が増え、今ではひと学年に50人の新入生は当たり前だったのです。
新入生独特の緊張感が教室に張り詰めていました。
自分の一挙手一投足に目線が集まっていると感じた私は、少し鼓動が速くなります。
そしてプロジェクトの発表が始まりました。
農業ボランティアサークルには様々なプロジェクトがあり、小学生と交流するものや黒枝豆を販売するためのプロジェクトなどがあります。
私は一番最後に発表することが決まったので、発表する順番も一番最後でした。
出番が回ってきて、私は教壇の横に立ち新入生と向き合いました。
こちらを向いている人もいれば、私の後ろにあるスクリーンを見上げている人もいます。
そのスクリーンには昨晩に夜中までかかって作り上げたスライドが表示されています。
「皆さん、初めまして、あかりんごです。」
私は少し緊張してしまったので、スライドに目を移しフウと息を吐きました。
「今から狩猟Pの発表を始めます。」
スライドには狩猟Pという題名がバーンと大きく書かれています。
ジビエP(ピー:プロジェクトのこと)ではどこかインパクトが無いと感じた私は、狩猟Pという名前に決めたのです。
「このプロジェクトは昨日立ち上げまして、実はまだ何も決まっていないのが正直なところです。」
私的には笑いが取れるところだと思っていましたが、やや緊張している新入生は口角を少しあげるだけでした。
再び息を大きく吸い込んだ私は、狩猟Pの説明を続けました。
「何も決まっていないということは、何でもできるということです。
狩猟から鹿肉やイノシシ肉の利用まで、何でもできます。
私と一緒に、プロジェクトを作っていきましょう。」
新入生は緊張しているのか反応が薄く、私は手応えを全く感じないまま教養のキャンパスを後にしました。
その後は新入生が入りたいプロジェクトのアンケート調査に答えるのですが、多分人は集まらないだろうな…と肩を落としながら農学部キャンパスへと向かったのです。
歩道の隅には散った後の桜の花びらが、身を寄せ合って固まっていました。
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「22人!?!?!?」
私が人数を確認したのはそれが3回目で、志望プロジェクトの集計担当は半ばうんざりして適当に頷きました。
集計の結果、この狩猟Pに入りたいと志望した新入生は22人もいたのです。
これは、人気の小学生と交流するプロジェクトなどを差し置いて人気ランキング1位でした。
私はもう一度集計担当に確認をお願いしようと思いましたが、その気持ちをグッと抑えました。
22人か…まとめられるかな…。
私はプロジェクトのリーダーなどやったことが無かったので、22人を相手にできるかとても不安でした。
志望してくれたからには全員入れたいが、やはり最初は少人数からスタートしたいという贅沢な悩みを考え始めて3日。
私は抽選を行いメンバーを6人に絞るという苦肉の策を取りました。
もしも車で移動するとなれば、1台で動ける最小の人数。
それが7人だったからです。
そうして私を含めて7人で、プロジェクトを立ち上げることになったのです。
4-3
その日は、狩猟Pで初めての顔合わせでした。
顔合わせに向かう道中、私は50人を相手にする時よりも緊張していました。
案の定、自己紹介の時も新入生より緊張してしまい顔が引きつってしまいます。
今日の帰りは反省会だなと心の中で思いながら、他のメンバーの自己紹介を聞いていきました。
自己紹介が終わり、私はこれからの方針について伝えました。
私はロードマップを作った時のことを思い出し、狩猟をするにしてもまずはきちんと野生動物を利用する基礎を作らねばと思っていました。
よって、私はプロジェクトの第一の目標を、マルシェ出店に決めたのです。
マルシェとは、フランス語で市場の意味。
少しオシャレな祭りのことです。
そこへ鹿肉料理を出店するのが、狩猟P初のイベントになるのです。
今思い返せば、あの時私は空回りしていたと思います。
「せっかくだから入って良かったと思われたい!」
「最年長の私が引っ張っていかねば!」
そんな気持ちが先走って、後輩には困惑させたと思っています。
当時、私は先輩がマルシェを主催しようというプロジェクトを立ち上げていることを知っていました。
そして私はそのマルシェに出店しようと考えていたのです。
マルシェの開催は9月。
それまでに全てを準備しなければなりません。
私は真っ白なコピー用紙を取り出し、お気に入りの万年筆をぎゅっと握りしめました。
出店までには最低2回の試作会、衛生関係の許可、出店のコンセプトの決定、備品の調達…やらなければならないことが山積み。
上手くいくかなと自分に問いかけると、心臓がキュッと縮むのが分かりました。
しかし、私はそれ以上に自分の心臓が速いリズムで脈打っていることに気付きます。
私はとても、ワクワクしていたのです。
おそらく私の周りでは誰もやったことのない、ゼロの物を、私は6人のメンバーとともに1へ引き揚げているのです。
私は思わずニヤリと笑って、自分でも驚くほどのスピードでマルシェ出店計画を練り上げていったのでした。
ーまだ、鹿は獲れていないー