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エゾシカ解体日誌(あかりんご)

【第8話】鹿の網脂を玄関に飾る

このコラムについて

大学を卒業し鹿肉で起業した24歳のあかりんご。ひょんなことから北海道の鹿解体施設で鹿を捌きまくることになり、大阪から単身で北海道へ。彼女は一体、北海道で何を思う…。

ナイフで手を切り、また一つ成長したあかりんごは、鹿の網脂についての有力な情報を聞きつける…

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このコラムでは、狩猟や鹿の解体に関する内容・写真が含まれます。ご留意ください。

愛しのクレピーヌ

鹿の体は美しい。

何万年もかけて最適化された体の構造は無駄がない。

解体をしていても、美しくて見惚れてしまうこともしばしば。

例えば、鹿の肺やあらば骨、もちろん筋肉も。

そしてその中でも、素晴らしく美しいのが、鹿の網脂である。

網脂とは、その名の通り網状になった脂肪のこと。

皮を剥ぎ、腹腔を開けて、胃袋を取り出すときに一緒についてくる。

内臓の周りについている脂で、色は白っぽく透明な膜で繋がっている。

あかりんご

はぁあん、美しい…

…と思いながらも、残念ながらこちらは使い道がなく廃棄している。

そんなことを周りの人に自慢していたら、とある助言を受けた。

網脂ステーキとかしたら、どんな味なんですかねぇ

網脂ステーキ!?!?

なんというインパクトのある字面だろう。

そしてわたしはなぜ、網脂を食べてみようと思わなかったのだろう!

早速調べてみる。

網脂とは
牛や豚などの内臓の周りについている網状の脂。仏語ではクレピーヌという。脂肪の少ない部位の肉をソテーやローストにする場合、網脂で包んでおけば、パサつかずしかも脂のうまみがのっておいしく仕上がる。ひき肉や野菜を網脂で包んで焼く料理もある。網脂は手に入りにくいので、食肉店に注文する。塩漬けになっていることが多く、洗って塩抜きをして使う。

日本食肉消費総合センターHPより

あかりんご

めっちゃ料理に使ってるやん。

ほんでクレピーヌ…めっちゃいい名前やん。

クレピーヌ…
あぁ、愛しのクレピーヌ…

わたしは早速、クレピーヌを食べてみることに決めた。

クレピーヌを求めて

クレピーヌ、すなわち鹿の網脂を入手することは、意外と難しい。

オスもメスも、大人も子どもも、鹿であれば網脂はついている。

だが、着弾箇所が腹部だった場合、網脂は真緑の状態で出てくる。

胃袋を破られ、内容物が網脂についてしまうからだ。

そして腹部が無事である鹿は、多くはない。

何頭か鹿を解体したのち、わたしは胸部を撃たれている鹿にあたった。

肩甲骨あたりから弾が入っている。

これであれば、腹部の内臓は無事だろう。

腸を破らないように、慎重に腹膜を開く。

せっかく腹部が無事でも、ここで胃腸をナイフで刺し爆発させてしまうと元も子もない。

プルプル震える手で内臓を除去し、わたしはついに真っ白な網脂を手に入れた。

純白のそれをビニール袋にいれ、わたしは仕事に戻るのであった。

網脂のドレス

右に見えるのがキッチン。

ワンルームのキッチンで、わたしはため息をついた。

解体のお仕事が終わり、部屋には心地よい陽が差し込んでいた。

あかりんご

はぁ……

ぼーーっと、わたしはそれを見つめ続ける。

美し…すぎるでしょ…
網脂…!!!!

解体所から持って帰った保冷バッグには鹿のヒレ肉も入っており、わたしは網脂ステーキを食べなければいけないのに。

それでも網脂から目を離すことができない。

もっと近くで網脂を見てみる。

太い脂、細い脂が網目状に張り巡り、それを透明な膜が支えている。

構造的な綿密さ、そしてテカテカと照り返すその艶やかさ。

こんなもの誰が作ったのだ、誰が作ろうと思ったのだ。

ギュルルルル…

自分のお腹の音で我に返ったわたしは、網脂に後ろ髪を引かれながらフライパンを取り出した。

網脂ステーキ、いざ実食!

美しい網脂ドレスをまとうのは、こちらのヒレ肉だ。

小柄なメスのものを、特別に解体所から分けてもらった。

ヒレ肉はスジがなく、鹿肉の部位の中でも最高級品として扱われている。

紡錘形で、締まるところは締まり、ふくよかな部分は優美に盛り上がっている。

あかりんご

あかんあかん、食べなあかんのよ!

まさに、網脂ドレスにふさわしいモデルと言える。

塩コショウのメイクをした後、ついに今回の主役、網脂の登場。

ドーーーーーーン!!!

鹿肉を寝かせ、丁寧にドレスを着せていく。

クルッ

鹿肉を一回転させて、網脂をまとわせる。

クルクルッ

もうひと回転させて、網脂でがんじがらめにした。

網脂単体でも素晴らしく美しかったが、肉を巻いたものも、また良い。

透明膜の後に透ける、吸い込まれそうな深紅。

塩による浸透圧変化で肉の表面が少し汗ばんでいるのもまた一興。

しかしわたしはここから、心を鬼にして彼女たちに別れを告げる。

ガチッチッチッチッ…

ガスの火をつけ、フライパンを乗せる。

わたしはそこへ、網脂ステーキをそっと寝かせた。

シューーーー

ソファに腰を落ち着かせるかのように出た小さな吐息は、やがてより高く、より大きくなっていく。

ジューーーー!!
パチパチパチパチ!!

網脂が溶け出して海のようになっている。

その海の中で、網脂ステーキはとろけていく。

やがて真っ白だった網脂は、メイラード反応によって茶色に変わった。

純白で深紅の姿も好きだったけれど、これはこれで食欲をそそる。

取り出してカットする。

火入れの具合は…ばっちりだったようだ。

赤ワインで作ったソースをかけて、いざ、実食!!!

パクッ!!

…と思いきや、巻いていた網脂は箸で持ち上げた時に外れてしまった。

鹿肉の純粋な味を楽しむ。

噛めば噛むほど水分が溢れてくる。

このヒレ肉は、解体したての、熟成を経ていないフレッシュなお肉。

よって味の締まりはないものの、たっぷりの肉汁で非常に美味しい。

さて…さっきは取りこぼしたが、次はお前だ!

網脂をすくって…

パクッ!!

…!!!!!…なぜだ!!!!

牧草の味が…する!!!

なんと、鹿の網脂は牧草の味がした。

内臓を破ってはいない、弾が被弾した訳でもない。

よって胃の内容物は決して網脂にはついていない。

しかし、網脂は牧草の味がした。

融点は高く、口の中で噛んでいるとサラサラした状態から少し粘度が増す感じがする。

アリかナシかで言えばナシだが、非常に面白い発見だった。

あかりんご

揮発性脂肪酸が関わってそうだけど、ワイン飲んで深く考えられない…ウマーイ!

網脂を玄関に飾る

でもわたしは、どうしても諦めきれなかった。

網脂を眺め続けることを。

もっと見ていたい。

そう思ったわたしは100円ショップで画用紙と額縁を購入した。

調理で余った網脂を、黒い画用紙に貼り付けていく。

破れないように、そしてなるべく自然な状態に。

表面をボンドでコーティングして、額縁にはめる。

予想以上の仕上がりだった。

黒い背景に白い網脂が映えている。

部屋に飾ると永遠に眺めてしまいそうだから、わたしはそれを、玄関に飾った。

社会は思ったより残酷だ。

鹿の解体にも、もちろん目を背けたくなる場面がある。

人間社会の中にも、妬み、嫉み、欲望、お金、女、男、差別、炎上…が渦巻いている。

そんな中でも、美しく光るものはきっとある。

わたしも、あなたも、きっと光を見出すことができる。

網脂を食べて飾って、鹿はわたしに、自然の、人生の美しさを見せてくれた。

そして今日も、玄関の網脂は朝日に輝いている。

あなたは玄関に、何を飾る?

続くー

ABOUT ME
あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。