大学を卒業し鹿肉で起業した24歳のあかりんご。ひょんなことから北海道の鹿解体施設で鹿を捌きまくることになり、大阪から単身で北海道へ。彼女は一体、北海道で何を思う…。
前回のあらすじ:北海道で一番最初の仕事、ヒグマの剥皮を終えたあかりんご。ボスが労いに用意してくれたのは、なんと絶品鹿料理だった…。
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北海道のエゾシカを食べる
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へい、お待ち。
一生ついていきます。
昼食として目の前に出されたのは、鹿肉のローストだった。
見るからに照り照りで、美味しそうという言葉さえ陳腐に思えるほどだった。
わたしを北海道の鹿解体施設へ招き入れてくれたボスは、実は元料理人。
すなわち、めちゃくちゃ料理が上手い。
昼食には北海道でとれた極上の鹿肉料理を食べさせてくれるのだ。
しばらく本州で活動していたのもあり、エゾ鹿肉をちゃんと食べるのは初めて。
いざ実食。
いただきます!!
パクッ
むぎゅっ、じゅわ〜〜〜
じゅわっ、じゅわっ、じゅわっ
え、なんこれ。
めっっっっっっちゃ美味しいやん!!!
とにかく、うまい。
本能で分かる、これはうまい。もっと食べたい。
口に入れた時に感じるのは、溢れる水分。
噛めば噛むほど肉汁が溢れ、口の中と心を満たしてくれる。
そして鹿肉特有の鉄分の香りがない。
感じるのは肉の旨味。
そして舌の上で踊る鹿肉のきめ細やかな肉質。
気付いたら次のスライスに手が伸びている。
わたしは今、脳みそにもっと食べろと操作されている。
無意識で美味しいと感じているのだ。
か…感動…
これも、あるで。
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ニヤリと微笑んでいるボスが次に持ってきてくれたのは、鹿肉ロースかつ。
あばら骨についているリブロースを骨1本分でカットしたトマホークが、贅沢にもかつになって目の前に現れた。
あばら骨はしなやかに湾曲している。
何万年もの進化を経て最適化されたその軌道。
後光が見えるくらい、そのフォルムがとても美しい。
骨を持って、豪快にひと口。
ぱくっ
…あなたは神を信じますか?
もう美味しいを通り越して何かを悟ってしまったあかりんご。
しっかりした肉感で満足なのに、後味はさっぱり。
高タンパク低カロリーな鹿肉の醍醐味が、無限に食べられるかつなのである。
生産者の特権、希少部位を食べる
一般的に、鹿を食肉として商品にするのは、背中のロースや、ももの肉だ。
でも実は、これだけじゃない。
牛と同じように、鹿からはもっとたくさんの部位がとれる。
例えば、ハラミ、サガリ、バラ。
マルチョウや網脂などといった内臓も取ることができる。
なぜ市場に出回らないかというと、圧倒的に量が取れないから。
例えばハラミであれば、1頭から100gほどしか取れない。
牛だと2~3kgも取れるから、鹿は20分の1ということになる。
でもやっぱり、食べてみたいわねぇ
あるで。
一生ついていきます。
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こちらは鹿のアバラ、アバラの間、ハラミ、サガリ。
アバラは皆さんがスーパーでバラ肉として買う、あれです。
ろっ骨周りの筋肉で、あばら骨についている筋肉と、その間にある筋肉で分けることができます。
ハラミとは、横隔膜のこと。
お腹は胃や腸などが入っている腹腔と心臓・肺が入っている胸腔に分かれています。
この2つを隔てているのが、みぞおちあたりにある横隔膜です。
サガリは、横隔膜にくっついているやや太い筋肉。
こちらも希少な部位になります。
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これを贅沢に焼肉で頂きました。
鉄板に乗せると、ジュー!!という音が。
これを聞いて眠りにつきたい。
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片面をさっと焼いて、さらに焼き進めていきます。
ちょっと焦げがつくくらいがベスト。
…今だ!!!
キャッチ!!!
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例のごとく鹿肉はテリテリ。
滴り落ちる水分を逃さぬよう、素早く塩胡椒をふって、いただきます!!
不思議な食感!!
ふわふわしている。
コリコリとか、むぎゅっではなく、ふわふわしている。
鹿肉が歯による咀嚼を自ら受け入れているような、歯が勝手に入っていく。
口の中に溢れる肉汁。
噛めば噛むほど鹿肉の旨味が口いっぱいに…うまい!!!
ほとばしる肉汁、ふわふわとした肉の食感、そしてきめの細かさ。
鹿肉の持つポテンシャルを思い知らされた、衝撃的な体験だった。
北海道の鹿肉、うますぎる…
血まみれの先生と鹿解体所
こんな美味いお肉が、いったいどんな過程を経てここに辿り着いたんだろう。
鹿肉の美味しさに雷を撃たれたわたしは、ますます解体現場に興味を持った。
そしてついに、その日は来た。
解体と精肉のことは全部、先生に教えてもろて。
ほなね。
先生…
解体所には、皆から先生と呼ばれる人がいる。
わたしとさほど歳は変わらない。
ただ解体と精肉が速く美しく、思わず見惚れてしまうので、そう呼ばれている。
ボスはその言葉を残して、わたしを解体所へ送り出した。
車を走らせ、到着したのは山の麓にある鹿の解体所だった。
外から見ると窓は薄汚れていて建物は古そうだ。
急に不安になってきた。
大丈夫かな、適応できるかな。
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緊張しながらドアを開けると、タバコとペットボトルが煩雑に置かれた休憩室だった。
空いているソファに荷物を下ろしてキョロキョロしていると、作業室から1人の男性が出てきた。
お疲れっす〜
先生!
血まみれの作業服を着た先生が作業室からひょこっと顔を出している。
朝の解体の時に付いたものだという。
雰囲気に圧倒されているわたしは、血だらけの先生に指示されるまま、作業服を着て長靴をはいて手袋をはめた。
作業室に移動すると、内蔵処理などの基本的な仕事を教わった。
そんなこんなをしていると、1台のトラックが解体所へ入ってきた。
後ろ向きに駐車した車には、鹿が1頭横たわっている。
これは、ついに、きたか。
そう思った。
トラックから降りてきたハンターさんに軽く挨拶をした以外は、鹿から目を離すことができなかった。
わたしは所長からもらったナイフに手を伸ばす。
さぁ、来い…!!
りんごちゃん
ハッ!
先生に声をかけられた。
解体、すごいやりたいかもしれないけど、今は見ててね。
ズコー!!!
すごい解体やりたい、がバレていた。
確かに、解体未経験のわたしがナイフを持ったとて。
豚に真珠、猫に小判、りんごにナイフ…。
恥ずかしい。
ナイフに伸ばしかけた手をスマホに持ち替えて、先生の解体を後ろから見させてもらった。
解体をちゃんと教えてもらったのは初めてだったのだけれど、さすが先生。
的確な言葉で包丁を入れるポイントや解体の流れを教えてくれる。
カチャッ、カチャッと、どんどん頭に体系化されていくのを感じる。
1時間かけて、丁寧に解体を教えてもらい、その日のお仕事は終了した。
どうだった?覚えられそう?
脳がパンクしそうです!!!
一歩踏み出すと教えてもらった解体の知識がこぼれ落ちそうだった。
お疲れ様を先生に伝えてから、わたしは車に飛び乗った。
こぼれそうな知識を桶にザバー!と移すように、帰りの車の運転中、解体の流れを声に出しながら復習した。
「手足の先を関節で切ります、足に切れ込みを入れて、裂きます」
信号を直進する。
「内側からナイフを入れ、ある程度切れたら反対に倒します」
山道に入る。
ハイビームで山道を照らしながら、わたしは鹿をウインチで上から吊るす。
「皮を引っ張って下ろします、下ろせなければナイフを入れます」
家に着いても復習は続いた。
布団の中で、鹿の背ロースをとる。
とにかく解体を覚えるのが楽しくて楽しくて、仕方がなかった。
ー続く
第3話はこちら!
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