ジビエをもっと、あなたらしく。
ジビエを食べる人、つくる人、届ける人。 すべての人に、エールを。
エゾシカ解体日誌(あかりんご)

【第10話】7頭の鹿と、乾いた銃声。

このコラムについて

大学を卒業し鹿肉で起業した24歳のあかりんご。ひょんなことから北海道の鹿解体施設で鹿を捌きまくることになり、大阪から単身で北海道へ。彼女は一体、北海道で何を思う…。

鹿と「溶け合う」という新たな関係性を見出したあかりんご。鹿の解体をこなす中で、あかりんごは「囲い罠」という最後の試練へと繰り出す。エゾジカ解体日誌、ついに完結。

【第9話】オスは112kgの鹿で、わたしは人間のメスだった。 このコラムについて 大学を卒業し鹿肉で起業した24歳のあかりんご。ひょんなことから北海道の鹿解体施設で鹿を捌きまくることになり、大阪か...

メールだ。

わたしの出社は、毎朝4:45。

到着するや否や、朝ごはんをかき込んだ

休憩室のソファに座り5:00を待っていると、シャッターの音と共に鹿が搬入されてきた。

ガラガラガラガラ!

あかりんご

キタキタ!!!!

搬入作業、体重測定が終わり、ついに仕事が始まる…。

ナイフの準備は万端、お腹の調子も万端。

さぁいざ、入刀

ピロピロピロ!

先生の携帯が鳴った

着信はメールの受信を知らせるものだった。

囲い罠に何かがヒットしたらしい。

囲い罠とは、フェンスで囲った鹿の捕獲装置のことだ。

解体所では専門のハンターさんが囲い罠を設置しており、罠がかかるとメールに着信が届くのである。

猟師さんはすかさず罠を見にいく準備を始めた

私がそれを輝く目で見ていることに気付いた先生

先生

えーーーー……

あかりんご

ジーーーーー…

先生

え……

あかりんご

ジーーーーー…

先生は諦めたように言った

先生

りんごちゃんも囲い罠いく?

あかりんご

いいんですか!?!?

先生

そんな顔されたらね(笑)
いってらっしゃい。

あかりんご

いえーーーーーい!!!

私はすかさず猟師さんと軽トラに飛び乗った

あかりんごと300匹の鹿

猟師さんとのドライブは楽しかった

囲い罠まではやや遠く、車で40分くらい揺られる間にいろんな景色を見た。

解体所の近くには、競走馬を放牧している牧場が多い。

放牧・牧場と聞くと牛をイメージしていたので、馬だらけの放牧場はまだ見慣れない。

町からどんどん離れていく。

車のスピードは上がる。

民家はほとんど見えなくなり、片側が山で、もう片方は放牧地だ。

中には、放牧中の馬に混じって鹿も何頭かいた。

あかりんご

鹿です!!!
馬を飼ってるのか鹿飼ってるのか分かりません!!

だが放牧場は鳥獣保護区域といって、狩猟ができないらしい。

誤って馬や人を撃ってしまったら大変だからだ。

鳥獣保護区の赤い看板。

もう少し山の奥へ入っていく

両側が山に囲まれた。

さらに小道を走って奥へ奥へと向かうと、大きな放牧地に出た

今は使っていないが、もともとはここで放牧を行っていたようだ。

山裾から広がる草原

ん…?いる、何かいる。

目を凝らして見る。

その正体が分かり、わたしは絶句した

鹿だ!!!

ざっと300匹くらい、いる

遠くに見える米粒のような茶色いつぶつぶ。

それぞれ30匹ずつの群れに分かれ、草をむしゃむしゃと食べていた

車で草原に入った途端、群れの全員の視線が集まる。

カメラを構えた時には、鹿はすっかり去っていた。

やばい。

そんな鹿の声が聞こえた

よーいドンと誰かが言ったのだろうか

離れている群れ同士が合図をとったように、一斉に森へ駆ける

あっという間に、鹿はいなくなってしまった

乾いた銃声、8発

囲いわなは山裾の近くにあった

草原を進み、大きくなっていく囲い罠。

ぴょん

何かが跳ねている。

ぴょんぴょん

跳ねている、たくさん跳ねている!!!

鹿が罠にかかっていたのだ

あかりんご

1、2、3…4、5…6……7!!!
7匹います!!

囲い罠の近くに乗り付けると、鹿はそれに驚きさらに跳ねた

何度もフェンスにぶち当たっているからだろう。

鹿たちの鼻は真っ赤に染まっていた

猟師さんはそれを横目に、銃へ弾をこめる

下がってて、と猟師さんは言う

わたしは十分に距離をとって、それを見ていた。

猟師さんは、フェンスに引っ掛けるようにして銃を構える

ぴょんぴょん

ぴょんぴょん

ぴょんぴょん

パァン!!!!!!!!!

乾いた銃声が青空に吸い込まれていった

しんと静まり返っている。

ぎゅっとつむった目を開ける

そこには1匹の鹿が横たわっていた。

心臓にあたり、鹿は即死したようだ

残りの鹿は、まだ跳ねている。

パァン!!!!!!!!!

パァン!!!!!!!!!

銃声が響く。

命が尽きていく

心臓を撃たれた鹿は飛び上がるように宙に舞い、フェンスに当たって倒れる

跳ねてフェンスに当たる鹿。

8回の銃声のあと、猟師さんはこちらへ合図した

囲い罠を開き、中へ入る。

さっきまで跳ねていた鹿の姿はなく、そこには解体所へ搬入されてくる姿の鹿が横たわっていた

だが、1匹だけまだ息があった。

その鹿は下半身に被弾したようだ

首を傾けてこちらを見る。

目が、合った。

わたしたちから逃げようと、足を引きずって前足で必死に地面を蹴っている。

呼吸が速い。

猟師さんはナタを持ち、その鹿の頭を数回打った

鹿は首を後ろにのけぞって目を閉じる。

2回だけ、鳴いた。

猟師さんは、ナイフで心臓を突く。

ナイフを入れる時、鹿はもう一度だけ、小さく鳴いた

7頭の鹿が、死んだ。

静かだ。

囲い罠の中。草に血がついている。

鹿をトラックに積み込む

首にロープをかけ、全力で引っ張った。

トラックにかけたスロープまで運んで、猟師さんと一緒に引き上げる

鹿は重たく、ロープが手と肩に食い込んだ。

マダニも知らぬ間に、軍手にたっぷり付いている

やっとトラックに乗せることができたが、わたしは汗だくだった。

最後の鹿

張り巡らすワイヤー。張りながら何度もつまずいた。

あとは箱罠をもう一度セッティングして、鹿が入れるようにしておく

こんな広い草原の中でも、美味しい牧草を入れておけば鹿は入ってくるという。

牧草をまいて、鹿の足が引っかかると扉が閉まるようにワイヤーを張り巡らす。

踵を返し、来た道を帰る

ボコボコの道は軽トラックを大きく揺らした。

ふと窓の外を見た

広い草原。

どこまでも広がっていそうな草原が、風に揺れる

……えっ。

何かいる。

500メートルか、それ以上離れた森の麓。

細長いシルエットから、鹿だと分かった。

1匹の鹿が、こちらを見ていた。

こちらをじっと見つめる鹿。

ドキン。

心臓が大きく鳴った。

彼女は…。

彼女は、わたしたちが捕まえた群れの、最後の1匹だったのだ

彼女はじっと、こちらを見ている。

ぴくりとも動かず、じっと。

わたしはその時の感情を、いまだに上手く表現できない

鹿の解体が、ついに終わる。

北海道での鹿まみれな日々が、終わろうとしていた

2ヶ月の研修期間の満了日が、ついに来てしまったのだ。

ボスや先生に礼を言ったあと、わたしは飛行機で大阪へ向かった

空の上で、わたしは2ヶ月間をゆっくり振り返る。

いろんなことがあった

ヒグマの剥皮から始まり、鹿を初めて捌いて、手を切って血が出て、ヒグマを食べて、囲い罠の猟に付いて行った。

楽しかったし、あっという間だった。

変わってしまったものもあるけど、変わらないものもあった

変わってしまったことで言えば、解体への信仰のようなものが消えた

鹿を解体すれば、いのちに対してもっと理解が深まると思っていたのだ。

でも違った

理解は深まるばかりか、ますます分からなくなっていった。

なんのために生きるのか。

なんのために鹿の命を頂くのか。

命を奪うのはいけないことなのか。

鹿もわたしも遺伝子を残すために生きさせられているのか。

いのちは生まれ消える瞬間しか語られないのはなぜなのか。

変わらないもので言えば、やはり鹿は面白い

この気持ちだ。

解体所ではたくさんのことを学んだ。

今まで捨てているところしか見てこなかった部位の活用の仕方

よりお肉がキレイにとれる捌き方

鹿の腸が意外と美味しいこと

知れば知るほど、これが全国的に広まれば…とか

これを商品化すれば…といったワクワクが湧いてくる。

資源的、文化的、宗教的。

多面的な役割を持つ鹿は、まだまだこれから、輝ける。

フライトはあっという間で、わたしは大阪へ降り立った

鹿を解体して、わたしは生きていた。

わたしは、生物が生きる意味について、分かった気になっていた。

いのちとは、遺伝子を後世へ受け継ぐための器でしかない

そして、それに対して抗いたい、自分を生きたいとも思っていた

でも、

それでも、いいではないか

鹿の解体を経た今、思う。

最終的には遺伝子によって大きなうねりに揺られているのだとしても

その日、その瞬間を生きる

解体の出来によって一喜一憂し、よく食べ、よく笑い、明日が来ることを望んで、眠る。

鹿へ入れるナイフ一振りが、わたしに生きていると感じさせてくれる

それで、いいではないか。

鹿は、生きる。

わたしも、生きる。

山の麓にいた、最後の鹿を思い出す。

生きなければ。

そう、強く思った。

ブオッ!!!

熱風を受け、わたしは顔を上げる。

最後の鹿のシルエットが、影送りのように。

雲ひとつない大阪の空に、見えた気がした。

完。

ABOUT ME
あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。