ジビエをもっと、あなたらしく。
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ジビエライターコラム

都会育ちの女子大生が鹿を獲るまで Epi.14

ーこれは、あかりんごという1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー

前回までのあらすじ

神戸ハーバーランドでイベントを何とか成功させたあかりんごは、燃え尽き症候群に陥ってしまう。気力のない日々を送っていたあかりんごを変えたのは…!

14-1

朝起きて、朝日を浴びて、朝食を食べる。

電車に乗って学校へ行き、授業を受ける。

同じく電車で帰ったらバイトへ行って、寝る。

そんな毎日を、私は繰り返していました。

神戸ハーバーランドでのイベントを終えてから、自分の中で湧き上がるジビエの衝動がなくなってしまったのです。

何も起こらない、凪のような毎日が1日、1日と過ぎていきます。

(このまま、ジビエの熱が冷めて終わって行くんやろうか…)

そんな焦りはあっても、なかなか行動に移すことができないのです。

これがスランプというものかと思いながらバイトを淡々とこなした夜、一件のLINE通知が入っていました。

「イノシシ、捌く?」

あかりんご

絶対に、捌きます。

状況が理解できないまま脊髄反射で返信をした私。

もう一度、ゆっくり文面を見直してみました。

(イノシシか…今まで鹿しかやってこんかったから楽しみだな)

そう思う私でしたが、今までのようにウォォォォォォオオオ!というような衝動はありません。

(どうしちゃったんだ私…)

そう思いながら私はスッと眠りにつきました。

次の日、私は大きな赤い塊をじっと見ていました。

まな板の上には、はみ出してしまいそうなほど大きなイノシシの半身が乗っていたのです。

「は、半身とは予想外でした…!」

「せやろ、こっちの方が安くで仕入れられるんや」

私を肉捌きに誘ってくれたのは猟師さんでした。

「ほんなら今から捌いていくから、りんごちゃんは真空パックをよろしくやで」

「真空パック!?」

猟師さんの視線の先を見ると、そこには初めて見るような機械が置いてあります。

ビニールのシートと、何やらパカパカと上下に開くような機械。

(これでどうやって真空パックをするんや…!?)

「これでどうやって真空パックをするんや!?と言うと…」

私の心を読んだかのように、猟師さんは真空パックの方法について説明を始めました。

「このビニールのシートは上下が留められていない筒状になっているから、まず大きさに合わせてこれを切り取ります。」

「切り取ります。」

私は反復して必死に覚えます。

「次に、上下のどちらかをこの機械にセットして…ヨイショ…そしてギュッと押します。」

猟師さんが手にギュッと力を入れると、ウィーンという音がします。

何かが起こっているようです。

音が終わってセットを外すと、挟んでいた袋の部分が接着されています。

「ワオ…」

要領を得た私は、次々と接着をして袋を作っていきました。

猟師さんはナイフを片手に、もも肉から捌き始めます。

骨を避けながらナイフはスッ、スッと入っていきます。

猟師さんは大きなブロック肉を取り出し、それを大胆にも半分に切りました。

「ん。」

差し出された肉塊に袋を添えると、次の瞬間、手に肉の重みがかかりました。

身がぎっしり詰まっているようなイノシシの肉は、鹿には無い白い脂が乗っています。

(脂すごっ…)

まじまじとイノシシ肉を見ていた私でしたが、その間にもどんどんお肉ができていきます。

私は急いでイノシシ肉たちを真空パックしました。

袋の外側には、部位と重さを記録していきます。

そしてナイフが次に向かったのは肋骨に付いているバラ肉。

「ここの解体がちょっと難しいんや」

そう言いながらも迷いのない手つきで骨の間にナイフを入れていく猟師さん。

カリカリカリ

ナイフが骨と肉の間を走っている音が、調理室に響きます。

カリカリカリ…

ナイフの動きが止まり、猟師さんはこちらを見ています。

肉からナイフを引き抜いた猟師さんは、それを私に手渡しました。

「ほれ、やってみ。」

私はぎこちなくナイフを握り、猟師さんの真似をして骨と肉の間にナイフを入れました。

しかしカリカリ、といった音はしません。

代わりにどんどん肉がえぐれていきます。

普通、お肉である筋肉はまとまって存在しているため上手く捌けばまとまりで取れます。

しかしナイフの入れ方に失敗すると肉がえぐれてボロボロになるのです。

「なぜだ〜!!」

私が困っていると、ナイフを骨にできるだけ添わせてというアドバイスが。

私は垂直に入れていたナイフを骨に添わせるように少し傾けました。

…カリ、カリカリ、カリカリ

(鳴った!!!)

正解だよと肉が言っているみたいに、ナイフはスーッと抵抗なく流れていきます。

そしてナイフを入れた後の断面もとても綺麗です。

「おっ、なかなか上手いやん」

私は嬉しくなって、夢中でナイフを走らせました。

肋骨は縦に走っていて、肋骨の側面と正面の3面に肉がくっついています。

やっと肋骨の側面にナイフを入れ終わりました。

あとは正面に付いている肉を剥がせば、骨が取れます。

ナイフを骨の後ろに入れ、骨を浮かしながらナイフを入れていきます。

何度も手を刺しそうになりながら、肋骨を丁寧に外していきました。

全ての肋骨を外し終わると、そこには美しい凹凸があるお肉が残りました。

横から見てみると、きちんと三枚肉にふさわしい層ができています。

「肉を捌くのって、楽しいですね!」

「最初はな。慣れたら手間よ。」

猟師さんはそう言ってガハハハと笑い、そのバラ肉も豪快に切り分けて真空パックの袋に入れました。

14-2

実はその日にやることは、解体だけではありませんでした。

イノシシ肉を使った料理も行おうと猟師さんは考えていたのです。

真空パックせずに残しておいた肉の塊をボンっとまな板に乗せた猟師さん。

「今日は、パスタとリエットを作るんや」

そう言って、まずはリエットを作るためにイノシシの脂と肉の部分を分け始めました。

肉と脂の割合は2:1くらいになりました。

これを圧力鍋で煮込みます。

煮込んだ肉の部分はミキサーにかけてペースト状にします。

味付けはシンプルで、なんと塩だけ。

ペーストしたイノシシをバットに敷き詰め、そこへ溶けて液体になったイノシシの脂を注ぎます。

「これ、美味しいんですか…!?」

味が全く想像できない私は、完成したリエットを猟師さんの指示通り冷蔵庫の中へ押し入れました。

次にパスタです。

リエットと同じように、圧力鍋にイノシシ肉をサイコロ状にカットしたものをトマトや玉ねぎと一緒に入れ煮込みます。

あとは少量のハーブと塩で味付けしたら完成。

バケットを焼いて、パスタを茹でて…。

14-3

あっという間に時間は過ぎ、私の目の前にはイノシシ料理が並びました。

手を合わせた状態で猟師さんを見つめた私は、いただきますを待ちます。

猟師さんが音頭を取ろうと手を合わせて、言います。

「よし、いただきま…」

言い終わらないうちに私はまずリエットに手を伸ばしました。

やや薄く切ったバゲットにリエットを塗り、サクッとかじってみると…。

まずはイノシシの脂が口の中の熱でスーッと溶け、旨味のビッグウェーブが。

そしてイノシシのペーストを噛んでいくと、肉の間に溶け込んでいた肉汁が溢れてきて更なるウェーブが襲ってきます。

目を見開いたまま動けない私。

今まで鹿肉料理しか食べたことはありませんでしたが、イノシシ肉は鹿肉とは違い脂がとても美味しいのです。

飲み込んだ後には、イノシシのほんのり甘い脂の香りが残っていました。

次に、パスタを口に運んでみます。

これもまた絶品で、トマトの酸味のあとの相対効果で肉汁の旨味がブワッと押し寄せてきます。

あかりんご

美味しいものは、脂肪と糖でできている。

まさしくその通りだなと、よくあるCMを思い出しながらレモン炭酸水をゴクッと飲んだ私は、それ以降も黙々と食べ続けました。

なぜこんなに美味しいんだろうと冷静に考えることができるようになったのは、後片付けで洗い物をしていた時です。

(もちろん自分で捌いたというのもあるし、捌きたてだから肉の酸化が進んでいなかった、とかもあるのかな…。)

今日1日を振り返ってみると、特に肉を捌くのが楽しかったことに気付いた私。

肉を捌くのって日常的にやると面倒だけど、たまにやると楽しい。

これは、また新しいアイデアが降ってきそうな予感…。

私は昨日までジビエに対する情熱を燃やせなかったことなど既に忘れて、皿を水で流しながらあれやこれやと考えているのでした。

ーまだ、鹿は獲れていないー

ABOUT ME
あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。