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エゾシカ解体日誌(あかりんご)

【第1話】ヒグマの剥皮が北海道へ来て初めての仕事だった

このコラムについて

大学を卒業し鹿肉で起業した24歳のあかりんご。ひょんなことから北海道の鹿解体施設で鹿を捌きまくることになり、大阪から単身で北海道へ。彼女は一体、北海道で何を思う…。

このコラムでは、狩猟や鹿の解体に関する内容・写真が含まれます。ご留意ください。

イッツマイナイフ!!!

ボス

りんごちゃん、ヒグマ見たことある?

鹿解体所の強面所長(通称ボス)が、わたしに聞いた。

猟師さんについていって何度か山に入ったことあるけど、ヒグマは見たことがなかった。

それに、タイミングよく今年はヒグマの目撃が相次いでいて、ヒグマが人を殺したと言うニュースも報道されていた。

できればお会いしたくない動物ナンバーワン。

…だったのだが、早々顔合わせをする可能性が出てきた。

「見たことないです」と答えた。

ボス

ついてきて。

ボスはニヤリとして部屋の奥へと私を連れて行った。

部屋には、まな板の上に逆さ向きに置かれた黒い物体。

それは、ヒグマの頭だった。

あかりんご

頭や。

いや、頭や。って何。

今年初めて脳裏に浮かんだ言葉、「頭や。」

びっくりもしなかったし、びっくりしなかったわけでもなかった。

ただ、頭がそこにあった。逆さ向きで。

所長は片手にナイフを持ってきた。

ボス

これはりんごちゃんのナイフだからね。

ボスから、1本の包丁を手渡された。

包丁を手に持つ。

ひんやりとした金属の刃は、わたしの手の熱を吸い取って一体となった。

あかりんご

こ…これは…!!

これぞマイナイフ!!イッツマイナイフ!!

マイがつくほど嬉しいことはない。

マイカップ、マイボトル、マイナンバーカード。

マイがつくことで満たされる心がある。

ボス曰く、ナイフと言うのは、人の使い方がもろに現れるらしい。

物に対するナイフの入れ方はもちろん、包丁の研磨などのお手入れによって、人の癖が徐々に出る。

だから、他の人の包丁は使いにくくて仕方がない。

解体や精肉業界では、マイナイフは当たり前。

ナイフに小躍りして喜んでいると、所長は言った。

ボス

では、肉を外してね。お願いします。

何をお願いされたのかよく分からなかったけど、「はい!」と言っておいた。

ボスはそれを聞いてニヤリとし、部屋を出ていった。

肉を外してね…。うん。え?

状況を整理する。

部屋に連れて来られる前はヒグマのハンティングトロフィーの話。

わたしの足元には大きい鍋。

まな板の上にヒグマの頭。

なるほど、要はハンティングトロフィーを作れと言うことやな。

ハンティングトロフィーとは、 狩りで仕留めた獲物を戦利品のこと。

立派な角を持つ鹿がとれたり、こうしてヒグマがとれたりすると、記念に骨を煮て白骨化し、飾っておくのだ。

ジーーーーーーーーーーーー。

隣の部屋で冷蔵庫が動いている。

部屋にはヒグマの頭と私

あかりんご

頭や。

今年2回目の「頭や。」を頭の中でつぶやく。

さあ始めるか。

私はナイフを握った。

初めての仕事はヒグマの剥皮だった

実は頭の皮を剥がすのには慣れている。

私は去年までは大学生だったが、大学の研究では、脳みそを使った研究をしていた。

当時、毎日のように鹿の頭から脳を取り出していたから、なんとなく手順は分かる。

マイナイフとの初の共同作業は、鹿ではなくヒグマへの入刀だった。

あかりんご

北海道へ行っても鹿を触りまくるんだろうなぁ!

そう思っていたわたしの予想は呆気なく外れた。

左手で皮を引っ張って、できた隙間にナイフを入れていった。

力を入れずともすっと入っていく。

脂がねっとりとナイフに絡んでなかなか切れない。

顔でこれだけの脂なのだから、胴体はどんなもんだったんだろうと思いを馳せながら、皮を剥いでいく。

ナイフの扱いに慣れておらず、毛を巻き込んで切ってしまうからまな板が毛だらけになる。

ヒグマの毛は真っ黒で縮れている。

毛質は硬く、太かった。

サクサクとナイフで切り進めていく。

毛皮をあらかた取ってしまうと、大きくて怖いイメージがあったヒグマは、30分で3分の1になった。

ほとんどは毛皮で大きく見えているだけだったのだ。

あかりんご

あとちょっと…!

さらに頬周りの筋肉を削いでいく。

顎の筋肉が入り組んでいるので、顎の関節の中にナイフを入れるようにしてくりぬいていく。

この辺は入り組んでいてナイフが骨に当たってしまう。

キリキリ、キリキリ。

部屋にはナイフが骨に当たる音が響いている。

丸みを帯びた頭蓋骨が見えてきた。

骨にナイフを沿わせるようにして筋肉を剥がしていく。

夢中でナイフを入れた。

気づいたらヒグマは、骨だけになっていた。

舌を噛んだ状態で顎の筋肉が硬直していたため、最後に閉じられた口の中から、舌を引き出すのには苦労した。

ボスがやってきた。

ボス

…。

またニヤリとして、ボスはヒグマの頭からヒグマの頭蓋骨と変化したそれを鍋に入れた。

無事、私は最初の仕事をやり遂げられたようだった。

ヒグマのスカルトロフィー

しばらくすると、ボスが手招きをしてこちらを見ている。

顔は相変わらず怖かったが、なんだかとても嬉しそうだ。

見にいくと、まな板の上に白い物体が乗っていた。

ヒグマの頭蓋骨だった。

昼の光に照らされて、その骨は輝いている。

毛皮をまとったヒグマの風貌とは打って変わって、その姿はコロンと丸い、可愛いとさえ言える形だった。

牙は鋭いものの犬のようで、やはりヒグマの最大の武器は手の爪なのかなぁと観察していて思った。

でも確かに、恐れ多い何かを感じた。

北海道へ来て1日目のわたしでも分かる、こいつには敵わないという本能的な畏敬。

そんなヒグマの顔肉を下手くそに切り刻んでしまったことが何かの琴線に触れなければいいが…。

北海道に来て初めての仕事は、ヒグマの剥皮(はくひ)だった。

「これから頑張れよ」

3分の1の大きさになってしまったヒグマがそう言ってくれている気がした。

緊張してナイフを握りすぎた手のひらの熱を感じながら、私はそれをそっと握りしめた。

ー続く

第2話はこちら!

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あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。