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ジビエライターコラム

都会育ちの女子大生が鹿を獲るまで Epi.10

ーこれは、あかりんご(@akaringo252588)という1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー

前回までのあらすじ

イベントを企画していたあかりんごは、自分の浅はかな考えを自覚しジビエの活動をやめてしまおうかとも思う。しかしS田の助言により、自分にしかできないことがあると、再びやる気を取り戻したあかりんごであった。

10-1

「りんごちゃん、罠、かけに行く?」

あかりんご

罠、かけに行きます!

脊髄反射のように動く口に自分でも驚きながら、私は自分の言ったことを改めて確認します。

あまり深く考えずに、面白いと思ったものはすぐに飛びつくのは良くも悪くも、私のクセです。

こうして私は、猟師さんと一緒に罠をかけに行くことになりました。

その時、神戸ハーバーランドmosaicでのイベント案を練っていたのですが、ちょうど行き詰まっていたところでした。

罠をかけるお手伝いをすれば、何かヒントが見つかるかもしれない。

そう思った私は、言われた時間に猟師さんの家へ行ったのでした。

・・・・・・・・・・

家から出てきた猟師さんは、何個かの袋を持っていました。

それは、罠のキットのように見えました。

ブワッと大胆に袋を開けた猟師さんは、中から木の円盤とL字金具のパーツを取り上げ、それをネジで固定するよう私に指示しました。

これがどうなるのかも想像できないまま、私はそれらをネジでグッと固定しました。

次に、猟師さんはワイヤーを取り上げ、曲げたり伸ばしたりしてクセをつけています。

そして慣れた手つきでクルッとワイヤーを丸め、木の円盤に合わせて輪を作って留めます。

かと思えば近くの電柱にくくりつけ、オラッと力を入れて、バネを思い切り引っ張りました。

そしてバネを全てその先についている黒い筒に押し込むと、その状態でネジを閉めました。

その後、先ほど私が固定した木の円盤を筒に固定し、結束バンドで留めて完成のようです。

「ふぅ…ほれ、次、やってみぃ。」

「え!!??」

まさか自分がやってみろと言われるとは思わなかった私は、あたふたしてしまいました。

「さっき何見とってん!
見真似でいいから、ほれ!」

私はワイヤーと木の円盤を渡され、急に心臓がドキドキと脈打ち始めました。

クルッと円を作り、木の円盤から少し上の方で固定します。

「ワイヤーのクセつけたか?
一瞬の勝負やから、作動のクセを付けとかなあかんのや。」

なるほどと思いながら固定を外した私は、カチャカチャとワイヤーを曲げ伸ばししてクセをつけました。

そして次に、バネを黒い筒に押し込む作業です。

猟師さんはあんなに簡単にやっていましたが、とても力が必要な作業です。

少しでも気を抜けば収縮していたバネが一気に伸び、その反動で私は電柱にぶつかってしまいます。

あかりんご

(ファイト〜!いっぱ〜つ!)

頭の中でエナジードリンクのCMを流してみましたが、そんな急に筋肉のパワーが増えるわけでもなく、私はあっさりと猟師さんと交代になりました。

スルスル入っていくバネ。

猟師さんは、こう言いました。

「りんごちゃんは、くくり罠作るのは他の人にやってもろた方がええかもな」

悔しいと感じる余地もなく力及ばずだった私は、ピクピク震えて限界を迎えているひ弱な筋肉を撫でて力なく笑いました。

そうして罠の準備が完成したので、私たちはついに山の中へ入っていくことになりました。

10-2

山の中は思ったより暗く、耳元をかすめる羽音にいちいちビクビクしながら私は進んで行きました。

顔の横を、危なそうなハチが我が物顔で通り過ぎていきます。

草むらにはマダニ、足元にはマムシの危険もあります。

あかりんご

(ああ怖い 

山って意外と 

デンジャラス・・・)

そんな趣もない俳句で心を落ち着かせながら、私たちは野生動物の痕跡を探しながら罠をかけるところを探します。

しかし私が野生動物の痕跡を見つけられるはずはなく、何かを見つけるのは全て猟師さんでした。

猟師さんは事あるごとに立ち止まり、地面に顔を近付けます。

「ほら、ここ。
イノシシ、来てるな。」

どこの何のどういうところを見てどう判断したのか分からず、猟師さんの視線の先を眺めていました。

もっと近くで見ようとしゃがみ込んでみた私。

不思議と目線を低くするとスーッと一筋の獣道らしきものが見えてきました。

そうしているうちに猟師さんは先へ行ってしまい、私は急いで追いかけます。

山の中を歩くのが初めてだった私は、蜘蛛の巣や木が折れるパキッという音に驚きながら進み、猟師さんに付いて行くのがやっとでした。

「よっしゃ!ここや!!」

猟師さんは、確信を持った自信のある声でそう叫び、持っていた荷物を下ろしました。

「ここに道があるやろ。
イノシシはここをタッタッと行って、ここでヒョイっと横に避けてからこの斜面降りてるわ」

猟師さんはイノシシが見えているかのように、指差しながら動向を説明します。

どこの何を言っているのかサッパリ分からない私を置いて、猟師さんは罠を仕掛ける準備を始めます。

「りんごちゃんは、踏んだらパキッて折れそうな木を集めとってくれな。」

あかりんご

はいっ!

何に使うんだろうかと思いながら私は地面を這うように見つめ、木の枝を集めていきました。

じっと見ると、虫やクモがせっせと頑張って歩いているのが見えます。

私は授業で習った生態系という言葉を、初めて感じたような気がしました。

一方の猟師さんはパイプで地面をガッガッと堀り、穴を開けています。

そこに先ほど作った罠をセットした猟師さんは、近くの木にワイヤーを硬く結び、固定しました。

セットした罠の上にキッチンペーパーを敷いた猟師さんは、私にアイコンタクトしました。

罠を仕掛ける周りの環境を変えないように注意しながら、私はそっと集めた木の枝を渡します。

猟師さんは高級な旅館で盛り付ける料理のように、木の枝を丁寧に並べます。

そしてその上から土を被せ、最高の一品が完成しました。

「ふはー!
まずは1個目完了や!」

集中して息をするのも忘れていたのか、猟師さんは深く息をはきました。

それから再び森を捜索し、私たちは合計2つの場所に罠を仕掛けたのでした。

10-3

家に帰った私はマダニがついていないかチェックした後、作業服を脱いでシャワーを浴びました。

たった2つの罠をかけただけで、何だかとても疲れてしまったのです。

「明日からは毎日見回りして、獲れてるかを確認するねん。
そりゃ大変やけど、大事なことや。」

そう言っていた猟師さんの言葉を思い返した私は、小さくつぶやきました。

「まじか…めっちゃ大変やん…」

その声はシャワーと共に排水溝へ吸い込まれていきました。

私は鹿肉を手に入れるまでの裏側を初めて見て、今まで買っていた鹿肉が多大な労力を経てできたものなのだと、初めて気付いたのです。

正直言うと、こんなに大変だとは思いませんでした。

ですが同時に、とても面白いとも感じていました。

猟師さんにしか見えない世界があり、そこでは人間と獣は対等な存在だと思ったからです。

あかりんご

(獣と人間の、真剣勝負。

こんな世界があるんだ…。)

心地よい疲労感を噛み締めながら、私はシャワーから上がってソファに横たわりうたた寝をしてしまいました。

開けていた窓から肌寒い秋の風がす〜っと吹き込んで、カレンダーを揺らします。

カレンダーには、迫り来るイベントの打ち合わせ日が、赤い丸で囲まれていました。

ーまだ、鹿は獲れていないー

ABOUT ME
あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。