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ジビエライターコラム

都会育ちの女子大生が鹿を獲るまで Epi.7

7-2

次の日の朝一番に私が電話をかけたのは、保健所でした。

学祭の衛生基準は、保健所から指導されたものを基準にしているはずです。

なので保健所に直接許可を取ってしまえば、皆を説得できると思ったのです。

私はバクバクする心臓を深呼吸で抑えながら、尋ねました。

「えっと、私は神戸大学の者なのですが…鹿肉を学祭に出店するのは可能なのでしょうか?」

「鹿肉?ああ、ちゃんとした食肉加工場を経て、加熱処理しっかりして頂ければ大丈夫です。
用件は以上ですか?はい、失礼します…。」

あかりんご

呆気ない!!!!!

私は数十秒で終わってしまった会話をもう一度思い返しながら、心の中で叫びました。

あれだけ昨日頭を悩ませていたのに、保健所に確認すると一瞬で終わってしまったのです。

『世の中の心配事はほとんどが取り越し苦労』

私はメモの端にそれを小さく書いて、いつか飲みの席で後輩に話そうと思ったのでした。

しかし学祭への出店は、農業サークルの幹部が言っていた通り厳しい衛生チェックがありました。

鹿肉という物珍しい食べ物を出そうとしている狩猟Pは特に厳しく、学祭の運営団体は鹿カツの仕入れ先と調理手順について保健所に説明に行くように命じられたのです。

何で鹿肉はこんなにも心配されるのだろう…。

あかりんご

衛生大国、日本…。

頭に浮かんだフレーズをつぶやき、私は調理手順や仕入れ先についての資料を作っていました。

7-3

私はレンガでできた市役所の前に立っていました。

そこに保健所が併設されていると聞き、説明にやって来たのです。

戦に挑むかのような気持ちで、私は深呼吸をして施設の中へ入っていきました。

お辞儀をして迎え入れてくれた受付のお姉さんでさえも、何だか敵に見えました。

エレベーターで保健所の階へ向かい、会議室に案内された私の心臓は勢い余ってポロッと落ちてしまうのではないかというくらい暴れていました。

中へ入って来たのは、職員の方でした。

柔和な笑顔に私は少しリラックスします。

「神戸大の…鹿肉の件ですね。」

私は資料を取り出して、丁寧に説明を始めました。

あかりんご

鹿肉を卸して頂くのはこちらの加工場で、私たちも一度見学に伺いました。

前日までに冷凍の状態で下宿生の家に郵送してもらい、学祭の前日に冷蔵庫で解凍を始めます。

調理は中心温度計を使い170℃の油で3分半揚げます…。

私は入念に練習した通り、資料を順に説明しました。

少し資料をめくった保健所の職員は、頷き笑顔で言いました。

「これなら、大丈夫ですよ」

(世の中の心配事はほとんどが取り越し苦労!
ほれ!見たことか!)

私は心の中で大きくガッツポーズをしました。

あかりんご

ありがとうございました。

そう言って私は保健所を後にしました。

受付のお姉さんは私が帰る時、優しい笑顔で送り出してくれました。

帰りの電車に乗り込んだ私は、いつも通り定位置の端っこに座りました。

ガタンゴトンと揺れる中で、私はメモを取り出しました。

『鹿肉=危険という認識』

それをしばらく見つめてから、私は棒線を一本付け足しました。

『鹿肉≠危険という認識』

鹿肉に限らず、全ての肉には食中毒の危険があります。

ですが加熱処理や衛生管理を徹底することで、きちんと安全な食品を提供できるのです。

ただ、鹿肉は牛肉などに比べて危険というのが一般論です。

それは認めなければならない。

しかしそれを変えていくことはできます。

変えるためには、徹底した説明をする努力が必要だということに私は気付きました。

農業サークルで私が反発されたのは、徹底した説明を欠いたという点では当たり前のことだったのです。

『説明すれば、安全だと絶対に分かってくれる』

ここまでメモに書いた時、私は緊張が解けたのかドッと疲れを感じました。

心地よい揺れの中で、私はそっと目を閉じたのでした…。

ーまだ、鹿は獲れていないー

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ABOUT ME
あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。