ジビエをもっと、あなたらしく。
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ジビエライターコラム

都会育ちの女子大生が鹿を獲るまで Epi.2

ーこれは、あかりんご(@akaringo252588)という1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー

前回までのあらすじ

ジビエや狩猟のことをやってみたいと思い、イベントに参加した私。猟師さんに鹿柵とくくり罠を教えてもらった私は、これなら自分でもできそうだと奮起する。そんなあかりんごが猟師さんに連れられて次に向かった先には…?

2-1

車でまた別の山際へ向かった私。

ちょうど時計は朝の11時を回り、私は顎まで上げていたコートのファスナーを少し開けました。

胸元にひんやりとした風が心地よく入ってきます。

私たちは猟師さんを先頭にして、細い山道を一列に進んでいきました。

奥に見えてきたのは、茶色い大きな檻(おり)。

サーカスでよく見た檻だと興奮しつつ、これが何のために、どうやって使われるのかが全く分かりません。

その檻は一方だけが口を開けていて、そこにあるはずの扉は罠の上に引き上げられて固定されていました。

「これは鹿とかイノシシを捕まえるための箱罠や。」

箱罠の見た目はとてもガッチリしていて、いかにも罠!という感じ。

頑丈な金網が組み立てられてできており、厳かな雰囲気さえ感じ取れました。

でもどうやって捕獲するのだろうか。

そう思っていたら猟師さんは急にかがんで、檻の中へ入っていきます。

箱罠が閉まるところには別の猟師さんが立ちました。

罠に入っていく猟師さんは中腰になり一歩一歩と進んでいきます。

「動物が奥に入って、見えない糸に足をかけたら…」

猟師さんはそう言った後、目を凝らして細い線を見つけ、手でクイッと弾きました。

すると絶妙なバランスで箱罠の出口を支えていたフックが外れ、ガタン!と出口が閉まりました。

予想以上に素早く閉まる扉とその音で、私は目を見開いて固まってしまいました。

出口で待っていた猟師さんは閉まる扉ををガッと掴んで、完全には閉まらないように持ち上げます。

中に入っていた猟師さんは、驚いた私たちを見て満足そうに笑いながら罠から出てきました。

「箱罠はこういう風に、動物が糸に引っ掛かったら出口となる扉が閉まるようにできているねん」

猟師さんはそう言いながら箱罠の中に入っている粉を指差しました。

これも鹿やイノシシをおびき寄せるための餌なのだと、猟師さんは説明しました。

なるほど、やはり餌でおびき寄せるのかと思った私は、あることに疑問を感じました。

餌の撒き方が、先ほど見たくくり罠と違う気がしたのです。

猟師さんの説明が一通り終わった後、私は手を挙げて質問してみました。

「なぜ餌の撒き方がくくり罠の時と違うのですか?」

猟師さんはニカッと笑って、親指を私に突き立てました。

「良い質問!そういう観察眼は猟師に必須やね。くくり罠とは違って、箱罠は動物が箱の中に完全に入ってしまうことが必要だから、餌の撒き方にも工夫がいるねん。

手前は少なく、奥に多くなるように餌を撒いたら動物が中に入って来やすいんや。」

猟師に必要な観察眼を持っていると言われたことが嬉しくて、私は込み上げる笑いを噛み殺しました。

猟師さんは説明を続けています。

「今ではカメラを設置して、箱罠の中に動物が入ったら遠隔で出口を閉められるような箱罠や罠にかかったらスマホに通知が届く箱罠もあるねんで。」

狩猟もどんどんハイテクになっていくんだと、私は『狩猟 ハイテク 調べる』と今夜のタスクをメモしました。

ふう、と一息ついて空を見上げると太陽がちょうど真上に来ていました。

「ご飯にするか!!」

猟師さんのその声を待っていた私は威勢よく返事をし、誰よりも先に車へ乗り込むのでした。

2-2

拠点に帰ると、そこでは鹿肉料理の準備がされていました。

カラカラと油で何かを揚げる音、ジューッと焼く音に呼応するかのように、私のお腹もグゥーと音を出します。

私は席について、料理を待っている間も話している猟師さんの話を聞きました。

「さっき猟の方法を紹介した訳やけど、問題は獲った後にもあるねん。実は今、全国で獲った鹿の9割は山へ埋めたり燃やしているんや。」

9割という言葉が、頭の中いっぱいにあった美味しい料理の妄想を押し除けていきます。

これは利用率と言うらしく、現在その利用率はすこぶる低い状態

この現状に、猟師さんも頭を悩ませていました。

肉を取るために牛や豚をわざわざ育てているのに、獲った鹿は捨ててるんや…。

私はしばらく机にある木目を見つめていましたが、そこへ料理が運ばれてきました。

ハッと我に返った私は頭の中に張り付いていた『9割 廃棄』という言葉をメモに残し料理と対峙します。

そこには揚げたてで今にもサクッと音のしそうな鹿カツが。

そしてその隣には表面に水分がテラテラ輝いていて、中が美しいバラ色に染まっている鹿肉のローストが。

料理の説明を受けながら、私は箸をパキンと割って戦闘態勢に入ります。

鹿肉料理を食べるのは初めてでした。

臭い、硬いと言われる鹿肉などのジビエ料理。

一体どんな味なんだろうかと疑っていた私ですが、その料理たちは疑う余地もなく美味しそうです。

「ほな、食べようか」

手を合わせ、私はいつもより少しゆっくりと5文字を唱えます。

「い た だ き ま す 。」

私は鹿肉のローストに箸を伸ばしました。

口に入れた途端に舌に吸い付くようなキメの細やかなこと。

水分をしっかり閉じ込めているので、噛むほどにジュワっと溢れ出てきます。

私は今まで肉=霜降りだ!と思っていましたが、間違っていたようです。

繊細な筋繊維とほおばった時の肉々しさがたまらず、私は深く息をつきました。

ゆっくり味わった後、私は鹿カツを掴んで自分の皿へ乗せました。

サクッと鹿カツをほおばると、淡白でヘルシーな鹿カツに衣の油がマッチして絶妙なハーモニー。

もはや何も話さず、私は黙々と食べ続けました。

鹿肉料理の不思議なところは、たくさんお肉を食べても胃がもたれないことです。

お腹がいっぱいになり幸せに包まれたところで、その日のプログラムは終了でした。

2-3

イベントに参加した私たちは、1人ずつ感想を言っていくことに。

あっという間だったなとイベントを振り返ります。

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寒い朝に鹿柵やくくり罠、箱罠を見に行きました。

野生動物との心理戦が狩猟の醍醐味であること、そして何より狩猟が私にできるかもしれないということに心が踊りました。

その後、私は鹿の利用率について衝撃を受けました。

9割廃棄。

その数字が私の頭の中で再びグルグル回り始めます。

この数字を何とかしなければ、猟師になっても鹿を上手く活用することができないのではないのか。

まずはちゃんと鹿肉を利用する流れを太くするのが先手ではないのか。

そして私はふと、自作したロードマップを思い起こしました。

そういえば、私がまず初めにしなければならないことは何だっけ?

そうだ、自分なりに鹿の利用方法を研究して獲った鹿を無駄なく使うことだ。

自分で鹿を使い切る技術も得られるし、鹿の利用率の問題も解決できるのだったら…

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そこで私の番が回ってきました。

料理をいっぱい食べて重くなった体を持ち上げ、私は皆の方へ向かって起立しました。

「本当に美味しい鹿肉料理だったので食べ過ぎてしまい体が重いですが…」

そう言った私は、猟師さんの口元が緩んだのが見えて嬉しく思いながらスピーチを続けます。

「今まで漠然と猟師さんになりたいと思っていました。でも今回のイベントに参加して、かなりイメージが掴めました。本当にありがとうございました。」

大きく頷いて相槌を打ってくれる猟師さんたち。

「ただ私は今日、猟師さんになる前にやらないといけないことがあるとも気付きました。」

皆の空気が一瞬スッと凪いだのが分かりました。

つい先ほど思いついたことだったので、私は少し机の木目を見て考えを整理してから、こう言いました。

「鹿肉料理を広めるための学生サークルを、作ります。」

ーまだ、鹿は獲れていないー

ABOUT ME
あかりんご
鹿肉専門のキッチンカーSHIKASHIKA店長。神戸大学で畜産を学び牛飼いを志すも「日本で持続可能な肉とは?」という問いをきっかけに、鹿肉と出会う。鹿肉を日本の肉文化に、をビジョンに掲げ、美味しい鹿肉料理を日々提供していたが、より美味しい鹿肉を求めて現在は北海道で鹿を捌いている。