ーこれは、あかりんご(@akaringo252588)という1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー
狩猟のイベントに参加したあかりんごは、猟師さんの話を聞いて感銘を受けた。そこで私が次に選んだ行動とは、何と鹿肉料理を広めるための学生サークルを立ち上げるというものだった…。
3-1
学生サークルを作るとは言ったものの、私は何をすればいいのか分かりませんでした。
困ってしまった私は、所属していた農業ボランティアサークルでジビエ料理を作る会を主催することにしました。
とりあえず、鹿肉を食べたことがない人に食べてもらいたい。
鹿肉を初めて食べた時の衝撃を他の人にも味わってもらって、仲間になる人を増やしたいと考えたのでした。
ジビエパーティーの日にちを農業ボランティアが行われる夜に設定し、お手伝いとして先輩や同期5人に声をかけました。
さて、何を作ろうか…。
狩猟イベントで食べた鹿のローストを作ることは決めていたのですが、他に2品ほど作りたい。
私はスマホの検索バーに鹿肉、スペースをあけてレシピと検索しスクロールしました。
すると、出て来たのはトマト煮込み。
何かのレシピコンテストで優勝したと書いてあり、これはやってみたいと採用しました。
他の一品は調理時間も考慮して焼肉にすることに。
よし!上手くいきそうだ!楽しみだ!
心をウキウキさせていたのですが、私は肝心なところを忘れていました。
「あかりんご、鹿肉ってどっから買ってくるの?」
そう聞かれた時、私は鹿肉をどこから買うのか考えるのを完全に忘れていたことに気が付いたのです。
スーパーには絶対売っていない、どうしよう…。
ジビエ料理を皆で食べる会、通称ジビエパーティーの開催日程が迫る中、私は急いで農家さんに相談をしました。
「鹿肉どこから買うか考えてなくて!この辺に良いところないですか!?」
私が聞くと、農家さんは左上を見て記憶を掘り起こし、こう言いました。
「最近この近くにジビエの食肉加工場…?ができたらしいで」
私は農家さんにその加工場の名前を聞き、お礼を言った後、スマホで検索してみました。
すると何と通販の欄があり、イノシシ肉や鹿肉のブロック肉が販売されています。
これで間に合うと思った私は一安心…するかと思いきや、まさかの鹿肉ブロックが品切れ中。
机に突っ伏して、頭を抱えた私。
鹿肉を是非食べてみたいと、ジビエパーティーへの参加者は20人ほど集まっていました。
中止する訳にはいかない。
そこで私は、ダメ元で食肉加工場にメールを送ってみることにします。
『初めまして。
神戸大学農学部3回生のあかりんごと申します。
この度、私が所属している農業ボランティアサークルで鹿肉料理を食べる会を開催しようと考えています。
ホームページを拝見すると欠品だったのですが、鹿肉ブロック肉3~4kgが入荷していませんでしょうか?』
カメのような速さで一進一退を繰り返してやっとできた文章の右上にある送信ボタンを押すと、ブオンと効果音をたててメールが加工場へと送られました。
返事が返ってくるのは遅くありませんでした。
『大量の注文には答えられないから、ホームページの方は欠品にしてたんです。鹿肉4kg、あります!』
私は小さくガッツポーズをしました。
3-2
鹿肉は冷凍便で届きました。
料理メンバー5人でワクワクしながら箱を開けると、大きなブロック肉が丁寧に包まれていました。
今までスーパーのカットされた肉しか見たことがなかった私たちは思わず声を上げました。
しかし、これがかなりの誤算でした。
凍っていては調理が全く進まないのです。
仕方なく私たちは解凍している間、渋々ティータイムをすることにしました。
しばらくして鹿肉が良い具合に溶けてきたので、私たちは鹿肉のブロック肉をカットしていくことに。
初めて触るブロック肉は少しひんやりとしていて、思ったよりもツルツルしています。
肉を触るってこんなに楽しかったんだ!と思った私でしたが、次の瞬間包丁が止まります。
「どこに、どう包丁入れたら良いの?」
事前に動画で肉の捌き方をイメージしていた私ですが、ブロック肉を目の前になかなか一歩が進めません。
私は思い切って適当なところで切ってみることにしました。
すると切っていくうちに筋肉の分かれ目が見えてきたので、そこからメリメリと筋肉を小さくバラしていきました。
そして筋取りという作業を行います。
ブロック肉の表面や筋肉の内部には、火を入れた時に硬くなってしまう筋が所々に存在します。
それを除去していく作業ですが、これまた骨が折れる。
気付けば時間は夕方になっていて、私たちは焦って作業を急ぎました。
3-3
20人の顔が私の方を向いているので、私は少し緊張して立ち上がりました。
「皆さま、今日は集まっていただきありがとうございます!」
緊張しがちな私は声が震えないように気をつけながら、料理の説明をします。
「今日のお品書きは、鹿肉のローストと、トマト煮込みと、焼肉です!それではお手を合わせまして…」
全員が手を前に合わせたのを確認し、いただきますの掛け声とともにジビエパーティーが始まりました。
なんとか時間に間に合わせた準備メンバーはふう、と息を吐いて料理へ箸を伸ばしました。
まずは狩猟イベントの同じく鹿肉のローストから。
イベントで食べた時と同じような舌への吸い付きに、私は感動します。
初めて作ったとは思えないほどの美味しさに、私はパーティーの成功を確信しました。
そして次にトマト煮込み。
ジャガイモやニンジンと一緒にトマトで煮込んだのですが、味はどうでしょう。
私は恐る恐る口に運んでみました。
「…微妙やな」
私の心の内を読んだかのように、味にうるさい同期が言いました。
「野菜は大きく切りすぎ。水分が少なくてドロドロになってる。俺ならもっと美味しく作れたのにな〜」
冗談半分で言っていた同期に笑いかけながら、私の心の中では猛反省の会議が行われていました。
焼肉の方も、可もなく不可もなく…という出来。
せっかく美味しい鹿肉を上手く調理出来なかったという罪悪感が、私の心の中を回っていました。
「でもローストは本当に美味しかったし、料理はもっと獣臭いと思ってたから意外だった。」
同期のその意見に、参加者のほとんどが同意しました。
反省点は積み上げるほどありましたが、鹿肉=臭いというイメージが払拭できただけ進歩はあったのかと、私は思ったのでした。
手を合わせてごちそうさま、と皆で唱えた後、私は後片付けをしていました。
そこへやってきたのは、準備も手伝ってくれたサークルの先輩でした。
「今日はお疲れ様。」
「おっ、お疲れ様です。
今日はありがとうございました!」
私はぎこちなく答えましたが、先輩はその後も何か言いたげです。
「…どうしました?」
先輩は少し黙った後、こう言いました。
「プロジェクト立ち上げてみないか?」
先輩が言うには、まずサークルとして人集めをするのではなく、農業ボランティアサークルのプロジェクトとして動くのが良いのではということでした。
0からメンバーを探すのは大変なので、まずは農業に興味のある学生にアプローチするためにもプロジェクト立ち上げは理にかなっていました。
直感が私にこう答えさせました。
「良いですね、やりましょう!」
そして先輩は言います。
「新入生へのプロジェクト勧誘、明日だけどいけるか?」
私はその日、月が高く上がる頃までプロジェクトの構想とプレゼン資料の作成に追われたのでした。
ーまだ、鹿は獲れていないー