ーこれは、あかりんごという1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー
イノシシ肉を捌き美味しく調理することで、今までの情熱を取り戻したあかりんご。あかりんごが次に挑戦することとは…!?
15-1
ラ、ライターですか!?
私は喫茶店でオレンジジュースを吸うのをやめて、何度も確認しました。
いつもお世話になっている猟師の大地さんは、笑ってこう言います。
「ネットで調べた時に、色んな記事が出てくるでしょ?
あれを、書いてみいへん?」
ジビエーる編集長。猟師である傍ら、鹿革プロダクト開発も手がける29歳。Twitterはこちら。
今までは塾講師、居酒屋のホール、売店の店員とアルバイトしかやってこなかった私は、ネット関係の仕事のことを全く知らなかったのです。
「記事って、例えばどんなんですか?」
「もう、ほんまに色々。
レストランに料理を食べに行って食レポしたり、本を読んで書評を書いたり、調べたものをまとめたり、自分の意見をバーンと書いたり…」
「へぇ…。」
「どう?興味出てきた?」
私は何でも、まずはやってみることを信条にしているのでやってみたい気持ちはとても強くありました。
「やってみたいです。ただ…」
(私にできるかどうか…)
言いかけたところで、心の中のもう一人の私が出てきました。
リトルあかりんごです。
リトルあかりんごは、できるかどうか分からないと弱気な私をフンッと鼻で笑いました。
「What!?
最初からうまくやろうと思ってるワケ?甘い甘い!
アンタは神様でもなく凡人なんだから、やってみて試行錯誤して上手くなっていくしかないっつーの!!」
私はリトルあかりんごの声を聞いて、ハッとしました。
(そうだ、私は神戸ハーバーランドでやった「もみじまるしぇ」以降、挑戦することを自分から避けていたんかもしれん。
誰でも最初は上手くいかないのに、本来ならもっと上手くできたと後悔して…。
大事なのは経験したことを次に活かすことなのか!)
しばらくオレンジジュースを見て黙っていた私を心配して、大地さんは私の目の前で手を振ります。
「お〜い、りんごちゃ〜ん?」
ハッとして我に返った私には、もう怖いものはありませんでした。
いつの間にかリトルあかりんごはどこかへ行ってしまったようです。
オレンジジュースに入っていた氷は溶けて、上ずみが薄くなっています。
「やります!
その…ライターという仕事、やらせてください!」
これが、ライターあかりんごの誕生でした。
15-2
「k…k…あ、あった。
o…o…これか。n…i…」
両手でキーボードを凝視しながら、私は一文字一文字を打っていきました。
やっとの思いで、『こんにちは、あかりんごです。』と打つことができました。
ライターとして仕事をすると決めた私は、キーボードの練習を始めたのです。
私の初めての仕事は、なんと書評。
女性猟師の畠山千春さんが書いた、『わたし、解体はじめました』を読んで内容の要約と自分の意見を書くのです。
この本では畠山さんがなぜ解体や狩猟を始めようと思ったのか、始めてからイノシシを獲るまでの道のりなどが自伝で書いてあります。
この記事を書くにあたり、もう覚えるくらい本を読み直しました。
ネットに出るものなのだから、間違いがあってはいけないし、ちゃんとした文章で、ちゃんとしたことを書かねば…。
今思うと気負いすぎている気もしますが、当時はライターという仕事をもらえたことが嬉しくて時給換算などという考えはなかったようです。
私は農学部の畜産コースに所属しておりバリバリの理系なのですが、昔から本が好きで国語も得意でした。
どうやって文章を展開していこうかと意気込み、紙に大まかな流れを書いてみます。
ですが結局何が言いたいのか分からなくなり、ペンが止まります。
この本の言いたいことは何なの?
あなたはどう思ったの?
あなたがこの本を読んで、他の人に伝えたいことは?
自問自答を繰り返しているうちにモヤモヤと分からなくなっていきます。
「オーマイガー…」
意外と難しいライターという仕事。
ですが私は、難しいからこそ負けず嫌いな私の心が燃えていることに、気付いていました。
15-3
1週間が経ち、2週間が経ち、猟師の大地さんに何度も相談してだんだんと記事のイメージが固まっていきました。
構成がやっと終わったのは2週間少しが経った頃。
そこから文章を肉付けして、しっかりした記事を書いていきます。
「よし…!」
息を少し吐いて集中しようと思ったものの、なかなか進みません。
言葉が全然出てこないのです。
ライターと聞いてイメージしていたのは、カタカタとパソコンを打ち鳴らしながら涼しい顔で書き上げる様子でしたが、そんなことはありませんでした。
うーん、うーん。
頭を振り絞りながら、子を生むような集中力と忍耐が必要です。
カタカタ…カタ…カタカタカタカタ!
(delete)…カタカタカタ
自室にはタイピングの音が響き渡ります。
昔、論文を書いていた父の部屋から同じような音が聞こえていたことを私は思い出しました。
『最後まで読んでいただき、ありがとうございました!』
「お、終わった…」
椅子にドカッと座った私は、大きく伸びをしました。
読み返してみて、誤字や文章の流れを確認します。
これがどういう記事になるんだろうかと不安になりながら、私は大地さんに記事を提出しました。
「確認しました!
全体的にもう少しボリュームがあってもいいかな。
あとジビエだけではなく狩猟について触れた部分があってもいいかも!」
ラインで返ってきた文面を見て、自分は筋違いなことを書いていなかったのだと少し安心しました。
それから狩猟についても頭を抱えながら少しずつ進めていき、ついに記事が完成しました。
時計の針はもうすでに12時を回っており、家族は寝静まっています。
記事の中に載せる写真を撮ってという指示があったので、家の中で背景が良さげな場所を選びます。
うまい具合にスマホを立てかけて、タイマーをセットして…
カシャシャシャシャシャ!
連写の音とともに撮れた写真を大地さんに送信し、ついに私は記念すべきライターとしての第1作品を作り上げることができたのです。
ライターは思ったより簡単ではなかったけれど、家でもできるし何だか楽しかったな…。
朦朧とした意識でそう思いながら、私はいつの間にか眠りについていたのでした。
ーまだ、鹿は獲れていないー