ーこれは、あかりんご(@akaringo252588)という1人の女子大生が、1匹の鹿を獲るまでの物語であるー
四苦八苦して準備を終えたあかりんごたち。長い期間、準備してきたマルシェが、ついに始まるが…。
13-1
緊張する…。
「何を緊張することがあるの、死にはせんから楽しんでき」
私は母が運転している車に乗って、マルシェの準備に必要な備品を運んでいました。
その日の朝は曇っていて、私は何だか緊張でお腹がグルグルしてきます。
しかし母の言葉を頭の中で繰り返すうち、何だか今日はいけそうな気がしてきたのでした。
神戸ハーバーランドmosaicに到着した私は、備品を車から下ろしました。
そこで母とはお別れです。
何だか寂しいような気持ちになりましたが、気を引き締めて母に別れを告げます。
「まぁ、楽しんでくるわ!」
不安な気持ちを悟られぬよう、ワハハと笑った私は会場へ備品を運び込みます。
広場はまだ目覚めていないような、不思議な静けさがありました。
(こんな開けた広場を、今からマルシェにするんや…)
私は大きく息を吸い込んで、フゥと吐きました。
しばらくすると狩猟Pのメンバーが目を擦りながらやってきました。
そして私たちは、マルシェの準備を始めました。
「ごめーん!テント広げるからあと一人手伝って!」
「ハサミ誰が持って行ったんですか〜!?」
「備品足りないよ〜!」
こうしてやっと、テントが立ち上がり、出店者さんが続々とやって来ました。
まずは鹿肉のカツを販売するレストラン、そして鹿毛皮のアウトドア製品を販売している方、最後に演奏などを担当してくれるサークルのメンバーです。
「テントはこちらで…食品を扱われるということで、健康チェックだけさせてもらっても大丈夫ですか?」
初めてのマルシェで分からないことだらけだった私たちですが、何とか頑張って運営を行います。
そして10:00になり、ついにマルシェが始まろうとしていました。
「皆さん、おはようございます!」
(まるまるしぇの時は出店する側だったのが、今は主催側になるなんて人生何が起きるか分からん、うん。)
「今日はお集まり頂き、ありがとうございます!
お客さんが来るかはやってみなければ分かりませんが…」
(あっ、こういう時にネガティブな発言する奴がおるか!バカバカ!)
「皆さん、楽しんでいきましょう!」
(挨拶…苦手だ…)
そんなこんなで始まったマルシェ。
看板には、「もみじまるしぇ」と書かれています。
これは狩猟Pのメンバーで考え抜いた名前。
もみじは鹿肉の別名で、全てひらがな表示で日本の資源である鹿を強調したのです。
「始まるで…」
私は口をギュッと、かたく結びました。
13-2
マルシェが始まって数時間。
客足はそれほど多くはありませんでした。
準備に比して退屈な店番に、狩猟Pのメンバーはお互いに話したりスマホをいじったりしています。
(あかん…こんな時は…呼び込みや…)
そう考えた私は、予備のために持って来ていた模造紙に「もみじまるしぇコチラ」と書きお客さんが多い場所で呼び込みを開始することにしました。
「こちら進んでいただいた奥で、もみじまるしぇやっています!
ぜひお越しください!」
声を張り上げますが、お客さんは吸い込まれるように神戸ハーバーランドmosaicの施設内へと入っていきます。
手前にある広場は見えづらいため、人が入って来にくいのです。
(あぁ、難儀やなぁ…。)
11:00からは音楽サークルの演奏が始まります。
それに合わせて、お客さんを呼び込みたいところですが、なかなか上手くいきません。
何人かの狩猟Pメンバーにも協力してもらい、やっと何とか演奏までに20人ほどのお客さんを集めることができました。
会場にはマンドリンやバイオリンの軽快な音楽が流れていますが、私はお客さんの反応を見たり音響をチェックしたりと気が気ではありません。
その後もお昼時に合わせて客引きをしたり、午後から行われるジャグリングの宣伝をしたりと、1日は一瞬で過ぎていきました。
16時にはマルシェが終了し、私は朝と同じように皆の輪に入って視線を集めていました。
「本日は、ありがとうございました!
私はとても楽しかったです。
今まで頑張って準備してくれた狩猟Pメンバーの皆、出店者の皆さん、ありがとうございました!」
拍手で幕を閉じたもみじまるしぇ。
私が想像していたマルシェがこうやって形になり、それが今、終わろうとしています。
テントを崩しているうちに、私の両親が車に乗って搬出の準備をしようと駆けつけてくれました。
両親の顔を見るなり泣いてしまいそうになった私でしたが、そこをグッと堪えて大成功とピースサインをした私。
みるみるもみじまるしぇは普通の広場に戻ってしまい、魔法が解けてしまったようです。
私は最後に、イベント運営会社の代表や出店者の方にお礼を言い、その場を後にしました。
荷物は両親が搬出してくれたので、いつものマルシェよりかは軽装で私は電車に乗り込みます。
いつものように普通電車に乗り、端の席に座った私はドッと重力を感じそのまま眠ってしまいました。
13-3
イベントをするまで、長かったなぁ…
しばらくして目覚めた私は、電車の窓を流れる街灯やネオンをボーッと見つめながら思います。
いつものマルシェの後はジビエって面白い!すごい!まだまだやれる!と思うのですが、今回は何だか違う感情のようでした。
『もっと上手くできたかもしれない』
メモにふと綴った言葉は、私の本心でした。
初めてのマルシェ、初めての大舞台。
もっと良いジビエの宣伝ができたのではないか、そう思えて仕方がなかったのです。
(開催場所やマルシェのコンセプトを変えたらもっと良くなっていたかもしれないのに、今回私はその大事な一手を無駄にしてしまったのかな…。)
大イベントをやり終えた達成感よりも後悔が勝ってしまい、私はつり革を持って前に立っている人の革靴に視線を落としました。
『もったいない』
それだけ書いてメモを閉じると、私は再び目を閉じて眠ることにしました。
いろりに炊いてある最後の石炭の火がポロッと欠けて消えるように、私は燃え尽きてしまったのだと、うつろな意識で思ったのでした。
ーまだ、鹿は獲れていないー